PAGE TOP

2015年03月17日

障害児から障害者へ



卒業式での裏話



記事にしようかしまいか、しばらく悩んでおりました。

これは、我が家、わが息子への直接的に起こったことではないのと、たまたま耳に入った極ごく一部の方の何の気ない台詞だったかもしれないので、それを大げさに取り上げるのも何だかなあと思ったからです。

ちびぼんの中学卒業式、たくさんの保護者の方もいらっしゃっていました。
中にはお休みをとられたのでしょうか、ご夫婦そろって出席されている保護者の方々もいらっしゃいました。

その中のあるご夫婦の会話。

息子は特別支援級に席を置いていましたので、卒業式にはその特別支援級のクラス名で証書を受け取ったりします。
支援級は二つあって、知的障害と発達障害、情緒障害のクラスに分けられています。
よくある、「ひまわり組」とか「うさぎ組」などというような小学校や幼稚園のクラスのような名前はついていません。普通に数字のクラスです。

ただ、通常のクラスに比べて当然人数は少ないし、通常のクラスの順とは違った数字になっています。

そこが気になったのか、ご主人のほうが奥様に

「○組と△組(○と△は数字です)って何?」

と聞いたのです。

そしたら奥様のお返事が

「障害者!」

と一言。


わたしはそのご夫婦のひとつ前の席に座っていたので、しっかりハッキリ聞こえました。

まあ、間違ったことをおっしゃっているのではないし、その通りだし。

それでも何か釈然としない感情が胸にこびりついていて、しばらく考えていたのです。


どこが気になったのか?


それは、障害児と障害者の違いについてだと思ったのです。

たしかに奥様の方ははき捨てるような言い方でしたが、そんなことはもう慣れっこですし、それでもこんなにも気になったのは、やっぱり、障害者と言われたことなんだとやっと気がついたのです。

障害児が育ったら障害者になるのは当然の事。
当たり前のこと。

それがもうそこまできていることは、中学生あたりの障害児を子育て中の保護者の方なら理解していただけると思います。
当然心の準備もしていますし、自立と言う意味もかみ締めています。

ですが、中学校の卒業式でもはや障害児でなくて障害者と普通の方々の目にはそう映るんだなあと知って、少々ショックだったのだと思います。


障害児は早い自立を望まれているのか?



一般の方々マジョリティの方々から見たら、身体が大きくなれば、障害児は障害者と呼ぶことに何の疑問もないのかもしれません。

実際古くからの障害児教育だと、義務教育を終えたら、それぞれ出来る範囲の自立を目指して、高等養護学校に進学するか、職業訓練校に入るか、通常の養護学校に入るか。

定型発達の子達の多くが中学を卒業して、高校生活、大学生活や専門学校で学生として過ごす約六年間、場合によってはもっとたくさんの社会に出るまでの時間があります。

が、整えられた道には、障害児たちのそういった社会に出るまでの時間があまりにも少ない。

おのおのが独自で努力しないと、むつかしい道のりではあります。
でも、決して少なくない数の障害児たちはそういった道を進んでいきます。
大学へ進学したり、専門学校へ行ったり。
これは発達障害に限ったことではありませんよね。

でも、たった一組のご夫婦の会話でしたが、障害児は早く大人にならなければいけない。と言う暗黙の圧力があるのかなあ?などと考えてしまいました。


マジョリティの考える障害児とは



世間に迷惑のかからないように、出来る範囲で早く自立し、出来る範囲できちんと働き、障害者と言う肩書きに見合った生活を送ってほしい。

って、これはわたしが勝手に想像したことですが、それほどかけ離れてはいないんじゃないかなあと思います。

ハッキリ書くと、わたしたちと同じ道にはあなたたちはいないのよ。です。

障害児の親御さんも障害児の指導者支援者にもこれと同じ考えの方もいます。

世間様にご迷惑をかけないように、最低限身だしなみをきれいにして、健常者の人が与えてくださったお仕事が出来れば最高の幸せ。


こんな感じでしょうか。

まあこれはわたしがたまたま出合った、たまたまそういう考えの方だったかもしれませんが。

障害児を育てている親としても障害者としても、そんなに世の中にへりくだらなくてもいいんじゃないかと思います。
まるで生きているのが罪みたいじゃありませんか。

ん〜〜。
ちょっと考え方がダークすぎますね。
世の中にはいろいろな方がいらっしゃいますから、もちろん、障害児や障害者に対して自然に接することが出来る方、親として障害児の将来を本人の意思を元にしてちゃんと考えていける方にも出会っています。



障害児から障害者になるのはいつなのか?




ところで、正式には障害児から障害者となるのは何歳なのか?
ちょっと調べてみました。

福祉サービス的には、18歳を基準にしているようです。
例外的に特別児童扶養手当(国の制度)は20歳未満となっています。
障害福祉サービスの利用について/2.障害児を対象にしたサービス(pdfファイルです)
特別児童扶養手当(厚生労働省)
何だか微妙ですね。

中学卒業して〜18歳までの三年間。ちょうど高校三年間。
(誕生日を基準にしているので正確には違いが出ますが)
今まで受けていたサービスも本人主体となります。(もちろん例外はあります)
18歳か〜わかりやすい年齢です。納得もいきます。

と、それはそれとして、見た目の問題。
やはり中学を卒業したくらいから、男子はどんどん大人の体型になって行きますし、女子などはもっと早く大人っぽくなりますね。
発達障害児の場合、年齢のわりに中身が幼いところはありますが、外見は普通に成長していきますからね。
他の見た目でわかる障害の場合、もっともっと世間からの視線に傷つかれていること、多いんじゃないかなあと想像してみました。
高校生でも親父っぽく見える子など、障害あるなしに関らず、普通にいっぱいいますものね。

まあ差別と言うか何と言うか、そういったものはあるのが当たり前の現在の社会ですから、見た目だけで、云々思われるのも悲しいけれどよくあることなんだろうなあと思いました。

ただ、15歳16歳17歳。多感な時期です。
いやな目に会わなければよいなあとも思うし、反面、大人への自覚が否が応でも必要となってくるんだなとも思います。

おれは永遠の中二だ!と、息子はほざいていますが、そういう面も持ちつつ、マナーやルールは大人として対応してほしいと、やっぱり思ってしまいます。


さいごに



現在の社会で生きるにはハンデがある人たちが障害者と呼ばれるわけです。
重い障害を持った方たちや親御さんは、このハンデをしっかりと受け止めていらっしゃる方が多いように思われます。

見た目にはわからない障害、発達障害に関してのみの話なのですが、社会で生きるために社会に合わせることを学ぶ必要はあります。
それは、あくまでもルールでありマナーまでのこと。(会社の規則や一般的な本にも載っているくらいの常識)必要以上の社会適合を求めてしまうのは、本人が望むならともかく、子どもの内にそれを親が望んでしまうのは、一種の障害児虐待になるとわたしはおもいます。
子どもは親の言うことに自然と従うものです。
気がついたときには、重い二次障害にかかっていたと言うようなことのないように、親御さんには充分気をつけていただきたいなあと思います。

治るとか、治すとか、発達障害はそういうものではないことは充分ご存知のはずです。

それでもそういう言葉に藁をもつかむ思いで、依存してしまう気持ちもわからなくもないです。

二次障害ってこわいですよ。
今出来ていたことが出来なくなってしまうのですよ。
なかなか回復しないのですよ。
傷ついてしまった脳は、なかなか元のようには働いてくれないのですよ。

と、少し叫んでみましたが、見た目普通で、IQも普通以上だったり、たとえ低くても境界域までならば、普通になれるような気がするのもわからなくはないですけどね。

子どもの心は本当に壊れやすいですから。




発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -
発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -


不愉快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。
あまりうまく表現することが出来ず申し訳ありません。

それでも最後までお付き合いくださってありがとうございました。感謝です。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村

2015年01月25日

大きくなった息子との会話で気付いた、昔やってて良かったこと。



更新頻度をあげたいと書いていたわりに、またもや月二回のペースになってしまいそうなスローなテンポで今年第二回目の投稿です。

今日書こうと思っているのは、ちょっと大げさな表現をするとASD児の自主性を育むと言うものです。

うーん。やっぱり大げさかもしれない…。

これ、昨日息子との会話で気がついたことなのです。


自分のものは自分で選んでもらう



「うわっ!この服脱ぎにくい!!!」
息子がそう唸りながら、いったん着た丸首のTシャツを脱ぎだしました。

「そう言えば小学校のときも脱ぎにくい服があったよね〜」
その言葉を聞いたとき内心次に続く「そんな服を着せたオカンが悪い!」と言う台詞を覚悟したのですが、

「あれ、自分で着てきて自分のことアホだなあとつくづく思ったよ」
???
「自分で???」と?なことを問うわたしに、

「何言ってるの、服は自分で選んでたでしょ!」

あぁ、そうだった、小さなころから、出来るだけ自分で選べるものは自分で選んでもらっていたんだと思い出したのです。

そのあと息子はその時自分が体験したしんどかった思いをひとしきり喋ると、ふんふん♪と鼻歌を歌いながら、自分の好きなことをやり始めました。

その時思ったことは、

あ〜自分で選んでもらうようにしていて良かった〜

です。

なんと言っても自閉症児、過去のいやな出来事をしっかり覚えていて、結構根に持つ。

当時、小学校の低学年からだったか入学前だったかは記憶にありませんが、私自身がいやだったことは子どもにもしないと言うことを心に誓っていたおかげで、
自分のものは自分で選ぶ。
と言うことをかなり徹底してやってきたと記憶しています。

その日着る服などは、自分で選ばせるのが一番。
(もちろん季節やTPOに合わせて用意しておくのですけど)

食べるものから着るもの、文具の類まで、出来るだけ自分で選んでもらってきました。

現在でも、必ず自分で選んで洋服などは買ってもらうし(ほとんどがNETショッピングですけど)自分で持ち歩くものは、息子が自分で買ってもらうようにしています。
(というか、そう宣言されたのです。自分のお小遣いで買うからと…)

髪型も自分で決めてもらっています。

小学校のころからわたしと同じ美容院で髪を切ってもらっているのですが、小さなころは前もってどんな髪型にしたいかを打ち合わせて、それを私が美容師さんに告げる形、徐々にそれを自分の言葉で伝えるようになって、今では一人で美容院も行くことができます。
(ただし、いつもと同じ美容院、いつもと同じ美容師さん、じゃないとダメですが)


知らないうちに自主性に結びついていました



すべてが上手くいっているとは思いませんが、身近なものから自分で選ぶと言うことをしていってもらったおかげで、それなりに自主性がついたと思います。

一時期、落ち込んで人形のようになった時期も、食べることだけは、自分で選ぶことが出来ました。

身近なことすべて子どもに選ばせると言うのは結構めんどくさかったのですが、選ぶことが出来ないときはちゃんと理由を言って我慢してもらう。
選べるときはたとえ二者選択にしても選んでもらう。

食べることに関しては今でもそれは続いています。

これは本当に自閉症の子を子育てした中で一番良かったことかもしれません。

特に食べることに関しては、わたしが時間がないときや体調が悪いときなど、自分で買い物に行って自分で好きなものを作って食べています。
これは大助かりです。

息子にしてみたら、わたしが無理して作ったものが自分の食べたいものじゃなかったら、そっちの方が嫌なんでしょうね。


結果として親がとても楽になる



この一言に尽きます。

アレコレ悩まなくても、自分でさっさと決めてくれますから、食事にしても、服を購入するにしても、よけいなエネルギーを必要としません。
もちろん、手放しで何でもOK!とは行かないので、服などは予算をしっかりと伝えてその範囲でおさまるようにしてもらっています。

楽ですよ〜^^

今、まだ幼いASDのお子さんを子育て中の親御さんにおすすめしたいです。


と、大きくなった息子との会話で、気付いた昔やってて良かったこと。でした。





最後までお付き合いくださってありがとうございます^^
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
タグ:子育て

2014年06月09日

特別支援教育について、今日も書きます。




昨日「他者を困らせる、自身が困っている」をアップしたばかりですが、また特別支援教育について書こうと思います。

それは、少々ショックなブログ記事を読んでしまったから。
現実をちゃんとみつめて今後も歩んでいかねばならないから。

参考ブログ
 うちの子流〜発達障害と生きる
 特別支援教育の地域格差について考えてみた。

特別支援教育についての地域格差を主題で書かれているのですが、わたしがショックだったさわりを引用させていただきます。


私は今年度、通級指導教室の親の会役員をさせていただいており

先日行われた総会のディスカッションであるNPOの方に伺った話によると

国の方針は今後、支援学級や通級教室を増やすのではなく

支援をつけて通常学級に共存する方針だと。

その場には市の発達障害支援センターの方や

市議会議員の方も同席していたということは間違いないんだろうなと思います。

つまりは特別支援教育自体の縮小ということでしょうか。




つまりは特別支援教育自体の縮小ということでしょうか。

って、うそでしょ。
教育まで逆行させてしまうものなの???

ここに引用させていただいた文だけですと、噂の域を超えないと思いますが記事全体としてきちんと資料を打ち出した上でのお話。
信憑性が増します。
(それでもまだ、信じたい自分がいるのです)

このことをきちんと受け止めて、国が今、逆行していく考えならそれをまた元にもどしていく努力をしなければと思いますし、
子どもたちにはできるかぎりそれぞれにあった教育を受けてもらいたいし、学校に無理せず通える環境にしてもらいたい。
親の努力で出来るものならば、子どものために努力するでしょう。

うー
nanaioさん、現実を受け止められずにうろたえているわたしがここにおります〜〜



どうすればいいのでしょうね?

今まで、これからの子どもたちこれからの障害児たちのために少しでもなればと思いつつ、支援が不満足であっても根気よく丁寧に学校と話してきたのは何だったんだろう。
次年度入学してくる子が少しでも楽しく学べるように、
息子と同じタイプの子が入ってきたときに少しでも参考になればと、
余計な話しもしてきちゃったじゃありませんか。
(決して余計は話ではなかったと思いますが)


こういうときにやっぱり自分もしっかりと発達障害ASDだなあと痛感する瞬間です。
変化はあるだろうけれど、まさか逆行するとは。

普通級しか選べない子どもたち。
居場所はちゃんと作れるのでしょうか。

勉強が苦手なタイプの子やLDの子はどうなってしまうんでしょう?


と、凹んでいても始まりませんし、今、急に変化するわけではない。

今から義務教育を向かえる発達障害児たち親御さんたちは、普通級か支援級と選ぶ機会が減ってくるかもしれないけれど、そこのところは丁寧に、学校側と話し合いを続けていくしかないですね。
それは入学前からはじめてほしいと思います。

出来るだけ丁寧に、根気よく。
わたしは苦手で出来なかったことですが、同じ地域の先輩たちの話も情報としてちゃんと仕入れておく。
こういう動きがより大切になってきますね。




昨日も同じこと書いていますが、今年で義務教育を終えるちびぼん。
過去のこと冷静に見つめなおして、情報として発信していきたいと思います。


通常学級での特別支援教育のスタンダード -
通常学級での特別支援教育のスタンダード -



にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村


最後までお読みくださってありがとうございます。
それではまた。

2014年06月08日

他者を困らせる、自身が困っている




口にテープの指導?

小1の口にテープ貼らせる 京都の小学校で担任教諭 (京都新聞) - Yahoo!ニュース

今日はこの事件からのまとめtogetterの感想を書いてみようと思います。




まずはこの事件のについてのわたしの思いを。



口にテープなどということは「お口にチャックね^^」といったたとえで使うものであって使われてしまった児童よりも、実際に使った人間のほうがはるかに人として間違っているでしょ。

ましてや教育者、問題外の悪質さを感じます。

教育的指導と言う名の下で自分の喜びを享受いたとしか思えません。

(考えすぎですけど)



わたしも自身が発達障害者であり一人息子(現在中三)も発達障害者です。

この事件に似たような目にわたしもあってきましたし、

息子も小学二年生のときにひどい目に合いました。

その他大勢から逸脱する者がこの事件のようなあからさまなものから、巧妙なものまでさまざまな、スケープゴート的な役割を教育者から受けることは、多分よくあることだと思います。




よくあっちゃいけないことなのですが、その他大勢の児童たちを一つにまとめるにはそういった手法は現在でも形はソフトになっているかもしれませんが実際にあります。

いじめ問題と本質は同じなのではないかと感じます。





他者を困らせる、自身が困っている

困らせる=排除/困ってる=支援が必要 - Togetterまとめ



タイトルから少し物悲しげになっているのですが、発達障害児の親としてこの感覚ものすごくわかります。

困らせる=排除困っている=支援が必要の間にはいろいろな要素があるはずで、担任の悪い指導(いじめ?虐待?)=排除にはならないと信じたいです。



障害児=排除

ではないと思いたいです。



普通と呼ばれる人たちの中にもいろいろな人がいて、

排除(住み替え)したほうがわかりやすいじゃない。

と言う意見から、

うちの子の引き立て役として存在してもらわねば困る(お世話係として学校に高評価を得たい)

といったもの、

純粋にその子と友だちだから俺が守ってやる的な子

もいるでしょうし、

大人が子どもに対してひどいことをするのはよくないことという正義感から児童の味方になる子もいるはずです。



すべてがお花畑のように純粋で天使のような図はさすがのわたしも思いつきませんが、今はまだ、全員対一人と言う図は読み取りにくいと思います。



誰の迷惑もかけずに一生を終える人と言う人間はこの世に存在しないように、

発達障害児=迷惑な存在、ではないのです。



こんな風に書いてしまえるのは、我が家が発達障害一家だからかもしれません。

普通の人たちのことは想像と情報でしか補えないから、実感として分からないのです。



ただ、排除の恐怖だけは痛いほどわかります

実際に排除されて育ってきた過去が私自身にあるからです。

(それでも大人になりましたし、生きていますし、二次障害がひどくないうちは一人前に働いたり好きなこともやれました)



特別支援教育とは何ぞや?

togetterにも話は出てきていますが、特別支援教育。

普通級ではなくて、特別支援級のお話。

他の地方のことはわかりませんが、息子が経験したことを追いかけていくと、小学校から特別支援級のいわゆる知的には通常かそれ以上の子のための支援級がある学校は少ないと思います。

この10年でかなりの数は増えましたが、まだまだ全校にいきわたるまでではないでしょう。全国的にはどうなんでしょうね?



つまり現状として行き場のない発達障害児が存在すると言うこと

そしてどこへ進学するかもその子その子にあわせたところでと言う問題はついて回る。

知的な面での特別支援級に入ったとしても、また別の問題も生じるでしょう。

だから、特別支援教育というものはどのクラス(普通級でも支援級であろうと)でもいろいろんな子にあわせて教育をするためのものであるはずなのです。



これは我が家の話しになるのですが、小学校6年間は普通級に通いながら、通級指導教室と言うところにも高学年から通い始めました。

学校に知的に普通以上の子のための支援級がない児童のためのものです。


もう何度もこちらのブログには書いてきましたが、
息子は小学二年生のときに受けた心の傷(脳の傷かもしれませんね)からなかなか立ち直ることが出来ず、不登校、半不登校(週に一度か二度通える)で小学校を卒業しました。

知的に普通と言えど、あくまでも普通レベルなので勉強が苦手でした。苦手を通り越してトラウマ状態でしたね。当然授業についていけません。



進学する予定の中学にも何度も足を運び、いろいろと考えていたところで、その進学する中学に新規に知的に遅れのない子のための特別支援級が新設されることになったのです。それに飛びついたわけですが、結果二年間これまた棒に振った感じになってしまいました。

その理由は配属された担任が知的に重い子のための指導を長年やってきたベテランの方だったと言うこと、知的に普通の子のASD児の教育を全く理解していなかったことが原因です。

その子その子にあわせた教育どころか、今まで普通級で養ってきたものまで吹き飛ばすくらいの勢いで、昔の障害児教育をされてしまったのです。

働く大人になるために、

みんなに迷惑をかけない大人になるために、

みんなに好かれるために、

といった教育です。

それも強制的に



これには息子も怒りまして、今まで隠れていた自我が目覚めたと言う副作用もありましたが、残念な二年間でした。

親のわたしも必死で学校の管理職と話し合いやお願いを重ね、

今年度は若い新しい教育を受けた担任となり、息子も楽しく学校に通っています。

形としては半分以上の教科を普通級に通って受け、残りを支援級で苦手な教科を補ってもらっています。

息子には理想的な形となりました。



普通級に半分以上の時間を過ごしているわけですが、誰もお荷物扱いをするわけでもなく、お世話係がいるわけでもなく(保育園のときから近所の友人がポイントを伝達してくれてますけど)学校行事にも普通級で参加し、実際に年を追うごとにたくましくなってきています。



障害児のためだけじゃない特別支援教育

普通の子供たちはもちろんのこと、障害児たちにもそれぞれがあります、その子その子によって同じ障害でも現れる形は異なります。

そういった子どもたちに柔軟に対応するための特別支援教育。

何が不足しているのか

何が問題なのか

義務教育が終了する今年、

この問題について気がついたことはどんどん書いていこうと思っています。


特別支援教育 - 多様なニーズへの挑戦 (中公新書) -
特別支援教育 - 多様なニーズへの挑戦 (中公新書) -
特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(幼稚部・小学部・中学部) -
特別支援学校学習指導要領解説 総則等編(幼稚部・小学部・中学部) -




にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村





最後まで読んでくださってありがとう。
この記事とほぼ同じものをはてなブログにも投稿しました

2014年01月07日

始業式登校できましたよ〜。


本日三学期の始業式。
無事に登校できました。

なにやら忘れていった上靴のせいで小さな揉め事があったようですが、気にしない気にしない。
本人同士で解決できることならば、放って置くのが一番。
元気な顔で帰ってきてくれてほんとにうれしかった。

昼食後友人たちと遊ぶ約束をしたとかで出かけていきました。
中学二年生の遊びってなんだろうと思っていたら、みんなでバトミントンをしていたらしいです。
「ミントン」と言ってました。(銀魂の影響ですね??ほかが発祥なのかな??)

これまた元気な笑顔で返ってきてうれしかったです。

何とかいい一日になりそう^^

後は夕食を楽しく食べて、寝る準備をして終了かな?


******************



三学期に入って来年度のことをしっかりと確認しなくてはと、教頭先生にアポイントをとりました。
今回はわたしと教頭先生だけ。

内容は
息子の担任とのこと、もう息子が担任と合わないと言うのは充分承知の上、前回息子が教頭先生にお願いした「担任を変えてください!」(こんなこと言っちゃったんですよ〜〜)
そんなことは無理な話なので、担任を変えるのではなく、たった一人で教室にいる息子の様子を伺いに来てくださる先生は何も担任じゃなくても良いわけで、他の先生にお願いすることが出来るかどうか?

もう一つ
発達障害情緒特別支援教室の今後について。
今のままでは、知的障害のない発達障害の生徒たちは知的のクラスと合同になってしまう。
発達障害の子のための授業などはしてもらえない。
通級で普通級と交流しているから必要ない?
息子は来年度で卒業ですから今後のことなど気にする必要はないのですが、これから息子のクラスに入ってくる生徒たちのことを思うと心がぎゅっとなります。
担任の言うことをそのまま受け入れることが出来る発達障害の子(まるでロボットか人に相手にしてもらうこと事態がうれしいとか)は別として、そうじゃない子息子と同じようにすべての授業を合同でするのは抵抗がある子はどうなるのか?息子と同じように特別支援級にいるのが苦痛となるのか…?
そのあたりの話をしてみようかと思っています。

これは、教育センターでの相談でまとめた内容。
教頭先生がどう反応してくるのか難しい問題ではあるけれど、どういうスタンスで支援級を運営していくのかは大切なこと。
今の担任は息子ちびぼんが卒業するとようやく3年。一緒に卒業して他校へ行ってってくだされば話は変わってくると思いますが、まだかなあ?

教頭先生は今年度から今の学校に就任されたのでまだしばらくは、いらっしゃると思うので大切な方向性をきちんとしてほしいなあと言う願い事ですね。

今の形のままでは軽度発達障害の子は通常級に行けばいい、もしくはで知的の子達とすべて一緒に朝の会から昼食から帰りの会まで。知的のクラスに自分の机がある。
これは、しんどいですよ。
親が必死に考えて悩んで支援級を選んだら、思っていたのと違う!
とまた悩ませることになってしまう。

う〜〜ん。

上手く教頭先生に伝えることが出来るかしら?

お節介かもしれませんが、今後の子達のことを考えると大切なことだから。
ちょっとだけがんばってみます。

来年度になったら進路でそれどころじゃなくなるかもしれないので。



ああ、しんど。
こういうことを考えるようになったと言うのは私自身に少し余裕が出てきたからかな?
でも、ちょっとしんどいです^^;


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 子育てブログ 自閉症児育児へ
にほんブログ村



まとまりのない文章読んでくださってありがとうございます。

また学校のほうで進展があったら更新しますね。それでは〜。











×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。