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2016年04月01日

ありがとうがいっぱい〜今年もやります!世界自閉症啓発デーコラボ企画2016




4歳で発達障害(アスペルガー症候群)の診断を受けた息子も、今年で16歳になりました。
この春からは高校二年生です。
たくさんの方に助けられて、ここまで成長しました。

母親のわたしは子育て中、二次障害のうつとPTSDなどが悪化し専門家のお世話になってそこで発達障害(広汎性発達障害)の診断をうけました。
現在福祉の力を借りていろいろな方に助けていただいています。

息子(ちびぼん)わたし、ともに精神障害福祉手帳2級を、息子は特別児童手当、わたしは障害年金2級をいただいています。

わたしたち親子は、いろいろな方のお力を借りて生きています。

今日は、わたしたち親子を助けてくださったたくさんの方々に、
ありがとうの言葉をお伝えしたいと思います。


**************************



去年自閉症の啓発デーにちなんでブログ記事でのコラボを計画し実行してくださった、なないおさん。今年もコラボを企画してくださいました。去年に続きたくさんの方が参加されそうなので期待値もぐんと上がってきます。

どういう形であれ、自閉症というものを社会に知っていただくために少しずつでも歩いていければと思い、今年もその企画に参加させていただくことにしました。

nanaio.hatenablog.com

なないおさん、今年もこの企画をうちだしてくださってありがとうございます^^



ひとつめのありがとう



息子が診断を受けるきっかけを作ってくださったのは、当時通っていた保育園の園長先生でした。
「一度きちんと診てもらってください」と告げられたときは、何言ってるんだこの先生?と思ったりもしました。4歳当時の息子、言葉も少なくその上エコラリアもありました。いま思うと、三歳児検診でなぜそのまま通過したのか不思議なくらいでした。たぶんおとなしい受動型のタイプであったのも原因の一つだと思います。

何年もたくさんの子どもたちを見守ってきた保育士のプロの目は息子のこともちゃんと見てくださっていたのです。
園長先生がいなかったら、園長先生が気づいてくれなかったら、息子の人生は大きく変わっていたかもしれません。それを想像すると怖くなります。

園長先生、気づいてくださってありがとうございました。



ふたつめのありがとう



小学校の先生たちも、残念なこともありましたがしっかりと支援してくださいました。息子がうつの状態から這い上がれたのも、当時の担任の先生や教頭先生、校長先生、養護教諭の先生、事務の先生と学校全体で息子を見守ってくださった結果だと思います。

小学校というものは担任の先生が一人で抱え込むことが多いのですが、息子が不登校になり二次障害でひどい状態になってからは、教頭先生を筆頭に学校全体で支援してくださったのです。
PTAの役員の方々にもお世話になりました。
中学校への橋渡しもそれはそれはスムーズに行ってくださいました。

感謝とともにありがとうの言葉を小学校全体に届けたいです。


みっつめのありがとう



息子の主治医。
現在三人目の主治医ですが、一番ひどい時期を丁寧に診てくださった、二番目の主治医には言葉に現せないくらいたくさんお世話になりました。
息子の睡眠に着目してくださったのもこのドクターでした。(現在は過眠症の診断を受けて睡眠の専門医に診ていただいています)
福祉の道を開いてくださったのもそのドクターでした。わたし一人の情報量ではどうしようもありませんでしたから。

ながいながい息子の不調の時期、5年間をしっかり支えてくださった、ドクターに大声でありがとうをお伝えしたいです。



つづいてのありがとう



同じく息子の状態が悪い時期から長く関ってくださった、臨床心理士の先生。
一言も言葉も出ない状態から、ゆっくりと息子が成長していくのを見つめ、その時々に適切な言葉がけで息子の意欲を導いてくださった。

この先生がいなかったら、もしかしたら息子の不調な時期はもっと延びていたかもしれません。

わたしも、この先生に見てもらっていたのですが、苦しい時期に何を優先すべきかはっきりと教えてくださったことは感謝の言葉では言い表せません。

ほんとうにありがとうございます。


たくさんのありがとう



中学校の先生方。
偶然にも息子が不登校になった時期に教育センターの相談窓口として面接してくださった先生が、この中学の教頭先生になられていたのです。
息子の状態もしっかりと覚えていてくださって、その記憶力に驚いたものです。
「ゆっくり、しっかりとがんばりましょう!」と息子をはげましてくださり、中学校で発達障害の特別支援級を新設してくださったのです。

息子の将来のことも息子といっしょに考えてくださいました。
面談には必ず息子自身を参加させてくださいました。これはとてもたいせつなこと。自分のことを話すのに、本人不在ではいけません。

残念ながら、支援級の担任になった先生が古くからの自閉症や知的障害の生徒たちを専門に見てきた先生で、教頭先生の新しい考えになかなかついていけず、結果子どもたちが振り回されることになってしまいましたが、教頭先生は支援級の生徒たちをいつでもしっかりとフォローしてくださったのです。

そして、他校に校長として赴任。その後来てくださった教頭先生も、ものすごくいろいろなことを勉強なさっていて、発達障害の子の支援の方法や何が大切なことなのか直感的に見抜ける力を持った方で、息子と古い考えの担任の先生の間に入って少しずつ、支援級の改革をしていってくださったのです。

小学校中学校と管理職の先生方といろいろ相談したりお願いしたりしていく中で、わたしもいろいろと学べました。そういった面でも中学校の管理職の先生方には感謝でいっぱいになります。

息子の自我を息子の自己肯定感をほんの少しずつでも引き出してくださった中学校時代。
古い考えの担任の先生とも、息子も私も上手に立ち回れるようになりました。ほんとにいい勉強になりましたしいい刺激になりました。

息子の夢を否定することを平気でいう担任の先生でしたが、これも息子が生きていく上で必要な試練だったかもしれません。
管理職の先生方が見守っていてくださることで、息子は一人ぼっちにならずにすみました。
困ったときには助けを求めることも出来るようになりました。

また部活動で美術部に入っていたのですが、ほとんど欠席ばかりの幽霊部員だったのに、ちゃんと作品を提出することを促してくださり、息子もそれに答えて作品を仕上げ、展示会ではちゃんとした形になったものを披露することができました。
お忙しい先生でしたが、しっかりと見守ってくださり、息子の進路のことも相談に乗ってくださり(進路担当の先生でしたので)いろいろな情報を早めにくださったのも、美術部顧問の先生。この先生のお力添えで、早い時期から高校の見学を済ますことができ、結果、進路を早めにきめ、後はそれに向けてがんばる。というわかりやすい道を示してくださいました。

中学は子どもたちがぐんと成長する時期。
思春期の問題もありましたが、自分の好きな子と自分の将来のことをしっかりと把握し、それにむかって進みはじめることができたのも、中学校の先生方のおかげです。

叱るときはしっかりと叱り、フォローするときはしっかりとフォローしてくださった、中学の先生がた。
おかげさまで中学で息子は大きく成長しました。ありがとうございます。



いつもそばにいてくれてありがとう



保育園のときからの息子の友人Tくん。
このブログと同じくらい長く付き合っていますね。
息子が障害告知を受けたとき(自分で知ってしまったのですが)真っ先に伝えたのが、Tくんだったようです。

小学校でも中学校でも、べったりと着くわけでもなく、ちょうどいい立ち位置で息子の心を支えてくれたお友達。
彼にもいろいろな問題があって(家庭内の事情)苦しい時期もありましたが、いっしょに成長してきた感じがします。
高校で離ればなれになっても、いまだにうちに遊びに来たり、わたしを交えて相談事をしに来たり。
毎年夏休みは冒険と題して、ちょっとずつ息子とふたり、あるいは他のお友達も含めて、小学校の映画館からはじまって、去年は少し遠方までNARUTO展を見に行ったり、来年は一泊旅行をする予定なのですって!

Tくんと息子の関係は、障害があるないなどまったく関係がないかもしれません。しぜんにお互いが助け合って友人関係をしているような感じです。

Tくんにはいっぱいしあわせになってもらいたい。
そしてありがとうをいっぱい伝えたいです。



いちばんみじかな社会へのありがとう



機能不全家庭で育った被虐待児のわたしとしては、むずがゆく素直になれないところなのですが、いちばんみじかな社会である、家族に感謝したいのです。

我が家は自身の特徴も考え方も育ち方も友人関係も仕事の内容も持っている疾病さえ、マイノリティな三人が集まっています。ふつうの家族とはいろんなところで異なっていることが多いと思います。
だからこそなのかもしれませんが、息子の障害もわたしの障害もみな自然に受容できる環境にあります。
これはかなり感謝しなくてはならないところかもしれないと、最近気づきました。

わたしと息子は共依存の関係にあります。
これはわたしの主治医も息子の主治医も臨床心理士の先生も必要悪としてなくてはならないものとして捉えてくださっています。そのおかげで、わたしは罪悪感にそれほど苦しむことなく息子に依存することができます。
この関係は年々依存の度合いが逆転していっています。
子が親に依存するのは、ある意味あたり前のところですが、親が子に依存するのはちょっと考えてしまいますよね。
息子に無理なことをしているのではないかと考えることもありますが、彼は自然とわたしの仕事、いわゆる主婦業を手伝ってくれています。大変助かっています。(おこづかいに反映されるのですが^^)
家事が特に料理が好きなんでしょう、いろいろとこしらえてくれます。鼻唄うたいながらフライパンをふっています。楽しそうです。
わたしはかなり恵まれた環境にいることに感謝しなければなりません。

思春期で荒れることもあるのですが、基本やさしい。
わたしの二次障害のこともしっかりと把握してくれています。(わたしの主治医から説明を受けています)
いまのところ、しなければならないから嫌々やってあげている、のではないようです。(本人じゃないので本当のところはわかりませんが)
嫌なことは嫌とはっきり言ってくれるようになっていますので、イヤになったらちゃんとそう言ってくれると思います。
自分が苦手なところもわかっていて、それをわたしがある程度補っていることも理解しているので、バランスが取れているのかもしれません。

発達障害の二次障害の当事者として、子どもに助けてもらっているのは正直苦しいですが、それでわたしも心穏やかにすごせ、息子も穏やかにすごせているのですから、OKと思わないといけません。

まあ共依存といってもお互いがべったりという関係ではありませんので、それぞれの時間、それぞれの空間をしっかりと大切にしています。これは子どもが成長すればするほど大切にしなければならないところだと思っています。

いかがでしょう?
こんなへんてこな家族関係。健常者の家庭ではありえない関係ですよね。
発達障害だからこその、微妙なバランスで家族関係がたもたれているのかもしれません。

やはりとても恵まれている。
これはとてもとてもしあわせなことです。


いつもありがとう



そして、わたしを助けてくれているのは、このネット上のたくさんの仲間たち、たくさんの親御さんたち、たくさんのふつうの人たちです。

やはり、大きな声で「ありがとう」を伝えたいです。


いつもわたしたちを支えてくださってありがとうございます。



harubonbon.seesaa.net


harubonbon.hatenablog.com


 


*この二つは去年の記事です。


さいごに、小説を一つ紹介させてください。

SF小説で翻訳ものです。なれない方には、少しとっつきにくいかもしれません。
この小説は、自閉症者が主人公です。SF小説ですのでふつうの展開ではありません。
それでも、自閉症者が社会で生きていくこと、当事者が何を望んで何を考えているのか、ふつうと呼ばれる方々にも想像しやすく描かれていると思います。SF作品としても「ネビュラ賞」を受賞のすばらしい小説です。
作者は自閉症児の母親です。「くらやみの速さはどれくらい」このタイトルはその息子さんが言葉にしてたずねたものだそうです。
もし少しでも興味をもたれたら、ぜひ読んでいただきたいです。
わたしにとってこの小説にも出会えたことに感謝をしたいものだからです。
この作品を世に生み出してくださってありがとうございます。
くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) -
くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) -

harubonbon.seesaa.net


*ネタバレなくらいあらすじを書いていますがこの小説の感想記事です。



長くなってしまいました。
最後までお付き合いくださいましてほんとうにありがとうございます。
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2015年06月12日

発達障害児の高校選び



不登校、発達障害児の高校選び



息子が高校生になってはや2ヶ月。
息子が選んだ高校は、通常の勉強科目の他に、コース別に選べる科目がある。
それが、高校選びの決め手となったところ。

自分の好きなことが学べる。
自分の好きこと、得意なことが伸ばせる。

このポイントが大きかったです。

2ヵ月たってみて、この「自分の好きなことのためにがんばる」ということがどれほど本人に勇気や力をくれるものなのか、実感できています。

小学校二年生からの不登校。
小中と丸一日学校にいられたことなど、もしかしたら片手もないくらい。
週に多くて二日か三日、遅刻をしていくか早退するかの形で、何とか形だけは学校に行くことができる日がありました。

それが、中三になって、出席日数が足りないと校長推薦がもらえない。
そのことを知らされ、週に四日から五日、なんとか(同じく遅刻か早退なのですが)通って、出席日数を稼いでいました。
それができたのは、行きたい高校がはっきりしていたから。

高校選びを始めたのは、中学二年生から。
いろいろな通信制の高校や、昼間定時制の高校など、多方面から探して、実際にオープンキャンパスに出向いて、本人に自分の高校生になったときのビジョンを考えてもらって、今通っている学校に、しっかりとターゲットが絞れました。
人気校だったので、校長推薦がいただけないと入学は無理だったと思います。
良くがんばって、推薦がもらえるところまでいったと思います。
(通っていた中学は、地元でもレベルが高い中学で、推薦をいただくことが、一つの大きな山場だったのです)

息子の場合、自分の好きなことやりたいことが、ハッキリしていたので、高校選びにはさほど時間がかかりませんでした。だから、二年生からでも何とか間に合ったかな?と思います。
自分の近い将来のビジョンが浮かべることの出来ない子、好きなことややりたいことがハッキリしない子の場合、中一からでも、どのどん説明会やオープンキャンパスに通うとよいと思います。
気持ちが上向きになってきます。
そして、やりたいことや興味を引かれることが見つかるかもしれません。

息子は、通常の勉強がなんともあっちゃっちゃ〜の状態でしたので、普通高校の受験はまず無理だったのですが(行きたくもない工業形の学校や定時制の学校なら行けたかもしれませんが)、勉強が得意な発達障害のお子さんだったら、早い時期からそれを目指して、がんばるのもとてもよいことだと思います。

特別支援級に在籍していると、受験に差しさわりのある地域もまだまだ多いかもしれませんが、いろいろな方法があると思うのです。
中二まで、支援級在籍にして、中三で通常級に移籍してもいいと思うのです。
それは親の意思で決められることですから。(もちろん本人の意思が一番大事ですが、対学校に関してのことです)

支援級での学びも、基本の教科は通常級で学びきちんと評価をいただき、支援級での時間は、疲れた身体を癒す時間に当ててもいいし、通常級の勉強をしっかりと学ぶ時間に当ててもいい。
それは、支援級の担任にお願いすれば充分に可能なことだと思います。

地域差もあるとは思いますが、支援級に在籍していると支援級独自の行事があり、それが結構大変。
息子は一年のときから全部パスさせていただいて、学校に通うという目標で、支援級独自の授業などはほとんど参加しませんでした。
じゃあ何故支援級にいるの?と聞かれそうですが、答えは簡単。通常級で交流(普通に授業を受ける)での疲れを取るため。と、支援級に在籍していることで、学校側に支援を求めやすくするためでした。

純粋じゃあないですよね〜
と、いま。、振り返ってみて思います。
それでも中学三年生の間の支援級在籍は、息子にとって、自分を成長させるよき時間だったと思います。


通信制サポート校



入学してみて分かったことをいくつかまとめておきます。

勉強の遅れはさほど気にしなくても大丈夫でした。
ただ、通信制に必須の「レポート提出」これがそこそこ大変です。
勉強になれているお子さんでしたら、ほとんど問題ない内容なのですが、息子のように長く不登校で、基本の勉強が不足していると、ちょっとつらいものがあります。
内容は自分で充分解ける問題なのですが、何せ時間がかかってしまう。
勉強というものはやはり慣れというものも大切なことで、問題を解くこと自体に慣れていないと、必要以上に時間がかかってしまい、息子は必死になってやっています。

自分の好きなことだから大丈夫なのですが、レポートには、通常の教科以外に自分のコースの課題提出があります。
全部で5科目の課題がありますので、仕上げるのが大変です。
何度も書いていますが、好きなことなので完璧を目指してしまいます。
(これも一種のこだわりといえばこだわりなので、何らかの形に変化してくれればいいなと見守っています)

提出は月に一度くらいの割合。
締め切りに遅れると、単位の修得が難しくなるから必死です。
おかげで毎日のリズムがいままで以上にきちんとしてきました。

もう一つは、年に一度のスクーリング。
これは通信制だからこそある対面授業を年に一度行うというもの。
サポート校なので日々学校に通って、対面授業は受けているものの、あくまでも通信制なので、このスクーリングは必須なのです。
だいたい一週間くらいだと思います。

発達障害の子で、ましてや不登校だと、家から一週間も離れるなど、結構ハードルが高い。
それでもたくさんある通信制のサポート校、かなり手厚く、支援してくれるようです。
息子が通っている学校も、いろいろな方法を提示してくださいました。

一つは親の同行。
これは親としてはかなり安心なことです。
同行される親御さんもそこそこ多いようです。

実はいま、息子はそのスクーリング中なのです。
遠くはなれた北の地で、がんばっております。
何せ、朝起きるということが出来ない体質なので。(過眠症のため)

我が家も、親の同行で…と当初は考えていたのですが、息子と家族会議をして、いろいろな計画を立てて、何とか一人でやってみることにしました。
本当はぎりぎりまで悩んでいたのですが、一人で行かせてよかったと思います。
親が思っている以上に子どもって成長しているんだなあと、感心もしました。

間もなく帰ってきますが、何とか一週間がんばりとおせるようです。
よかったです。
きっとさらに成長して帰って来てくれると思います。


学校選びのポイントとして、似たようなタイプの子が集まる学校がいい



と、わたしは思います。
それにはやっぱり学校見学をしっかりすること。

これは、通信制であろうと、通常の高校であろうと、定時制であろうと同じです。
似たような、というと同じ発達障害の子?というわけではなく、趣味とか、勉強のできる度合いだとか(秀才タイプか天才タイプか等も大きな違いがあると思います)勉強に興味がない場合、目立つところは服装や髪型。派手目が好きな子はそういう学校に集まりますし、地味な子は地味な学校に集まります。

息子の通っているクラスなど、男女の差は何とか分かりますが(わからない子もいる)男子でメガネをかけてるとぜんっぶうちの息子に見えちゃいます。(私がちょっと相貌失認の気があるので余計です><)

学校見学の際、在校生がお手伝いをしているところはとても好感が持てました。その上、在校生の雰囲気もしっかりわかるので、たすかりました。
在校生のお手伝いがない学校は、パンフレットやHPなどから、探るしかないのですけど、よほどの魅力がない限り、選ぶ基準からはずしてしまいました。

在校生の状態がまったくわからない学校には、こっそり、普通の日に登下校する生徒を見に行くしかないですね。(我が家はそこまでしなくても済みましたが)

同じような子が集まる学校。

これはとても大事なポイントだと思います。


夏休みくらいから、オープンキャンパスや学校説明会、体験授業などがはじまります



お子さんの状態にもよりますが、気軽に参加してみることをおすすめしたいです。
いろいろとたくさんの学校を見に行くことだけでも、お子さんの自主性が生まれてくるかもしれないし、自分の将来を明るい方向に考えられるようになるかもしれないです。

また自分が得意だと思っていたことが、井の中の蛙だったことがわかったりもします。
本当に好きだったら、もっと上手になるために努力しようという心が芽生えるかもしれません。ぜひともそういう方向に持っていってあげたいですよね。

発達障害の子だったら、一年生から準備を始めると良いと思います。
本人の状態が二次障害などで落ち込んでいるときは、無理して一緒に見学に行く必要はないと思いますが、親御さんだけで、情報集めとして、色々なところをまわるのがよい手段だと思います。

落ち込んでいるときは、将来のことなど少しだって考えること出来ませんから、無理に得た情報を知らせる必要もないと思います。ただ、自然に見れるところに、さらりと置いておくくらいでいいと思います。

元気な子は、どんどん引っ張り出して、たくさん見学していいところをみつけ、自分に合わないところも見つけ、親子でしっかり感想を話し合ってみてください。
気になるところは二度でも三度でも何度でも、見学に行くとよいと思います。
我が家は全部で両の手で足りないくらい、いま通っている学校の体験入学、説明会にいきました。
学校に顔を覚えてもらう目的もありましたし(ちょっとずるいですよね)何よりも体験授業がとても充実していたからです。
いつも満足して、参加し満足して帰宅していました。

後は校長推薦をいただく努力だけでしたから。
結果が出るまでは苦しかったですが、ちょっと違った形の高校受験が出来てよい経験になりました。


高校の先を考えるとしたら



やっぱり二次障害がない状態の元気な子じゃないと、そんな先のことなど一ミリたりとも考えることはおろか、想像すら出来ないと思います。

親としては、何らかの安定を考えてしまうのも理解できますが、まずはじっくりお子さんの状態を元気にしてから、将来のことを話し合ったほうがよいです。
お子さんを追い詰めてしまいますから。

元気なお子さんでしたら、自分の今も、近い未来も、そしてその先も、順を追って見つめることが出来るようになると思います。(発達障害でもちゃんと成長するのです)
お子さんの成長に合わせて、親も順を追って、先の進路を相談していくとよいと思います。

これはわたしがつよく思うことなのですが、ご家庭によって事情は異なってくるとは思いますが、療育手帳がもらえないレベルのお子さんでしたら、高校卒業と同時に就職という流れは、ちょっと横においておいたほうがよいと思うのです。
出来るだけ子どもが成長していく時間を、学生という社会人よりも支援を受けやすい場で、時間を過ごした方がいいと思うからです。

社会は厳しいです。
障害者枠で就職するならば少し話は違ってきますが、そうでなければ、支援を求めたくてもかなり難しいのが現状だと思うのです。
学生時代にのびのびと自己肯定感をあげるように勤めて、自分にあったこと、自分が好きなことを発見し、それに何とか近い形での仕事が見つかればめっけもん。
自分の好きなことだったら、厳しい社会でも、がんばることが出来るのじゃないかと思うのです。

そのためには、学生時代にしっかりと、心を肥え太らせる。
誤学習を恐れる方も多いようですが、自己肯定感がきちんと育っていれば、誤学習は正せます。
うちの息子の話ですが、自己肯定感が育ってくるとビックリするくらい素直になりましたよ。理解力も深まりました。(現在わたしよりも常識があります><)


こんな学校があったんだ!2015−16年版 -
こんな学校があったんだ!2015−16年版 -

通信制高校があるじゃん! 2015~2016年版 -
通信制高校があるじゃん! 2015~2016年版 -


我が家の経験を元にしてまとめて見ましたが、少しでも参考になれば嬉しいです。
それではまた〜

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2015年05月17日

二次障害にならないために温室育ちにする必要はないけれど



二次障害を未然に防ぐには親の務め



と、わたしは思うのです。
こんなことを言うのは、息子をそうそうに二次障害にしてしまった過去があるからです。

小学校二年生です。
楽しい盛りの七歳児です。
毎日が輝いている七歳児です。

担任の間違った指導を見逃してしまった。
担任の偏見を感じつつも信じてしまった。
息子の変化を気がつきつつも時間が解決すると思ってしまった。

気がついたときには、もうしっかりと小児うつ。
身体的なストレス症状もそれはそれはひどかった。
抜毛、夜驚症、そして記憶障害。

少し落ち着いた頃うけたWISCで、発達遅延の数値が出たくらい。
(一度受けた脳の傷はなかなか復活しません、6年かけても元の数値には戻っていません)

二次障害は甘く見るものじゃあないのです。

とは言っても、すべてを回避する方法などない。

親ができることは、子どもの変化を見逃さないこと。
そして、子どもだからこそ、義務教育期間だからこそ、学校にはしっかりとした支援をお願いすること。

これがとても大切なことだと思うのです。

そうすればたとえ二次障害になりかけても早目に気がつき、早目の対応が出来ます。
何年も何年も、子どもの苦しむ姿を見なくても済みます。
当然、本人も楽に生き生きと生きられます。


二次障害についての考え方



twitterで二次障害についての考え方がいろいろ語られました。

二次障害は治るものだからなったら考えればよい?
こちらはまとめです。

当事者や専門職の方、親御さん、いろいろな方の意見です。

人間が成長するためには、経験が必要。
わたしもそう思います。

ただ違うのは、発達障害児にはその経験も注意して丁寧に見守りながらしてもらうということ。
(成人したら別です)

二次障害が治るというのが事実かどうかは別として(わたしは40年以上抱えたままです)確かに生まれつきのものではないので、寛解することはあるでしょう。
特に早めに気付いて専門家の力を借りたときには、その苦しみも短くてすむかもしれません。

二次障害を恐れるあまり、温室で育てるようなことまではしなくていいと思ってはいます。

しかし、子どもの内は、本当に丁寧に見守ることはしつこいようですが必須ではないでしょうか。

二次障害を経験した親御さんほど、子どもに関しての二次障害を恐れるのは当然と思います。
だから、どうすれば二次障害を防ぎつつ、その子の成長を促していくか、そのバランスがとても大事ですし、やっぱり丁寧な子育てというのが発達障害児にはぴったりだと思うわけなのです。


発達障害児者にありがちな誤学習



よく成人当事者の誤学習について、問題定義される方もいらっしゃいます。

成人になってから誤学習を正すのはとても時間がかかるので、早めに(子どものうちから)誤学習をさせないように育てていかなければならない。

そのとおりだと思います。

ただ、誤学習について、今、問題になっているのは、発達障害を発見されずに育って、成人してから診断を受けた大人の方がほとんどではないでしょうか。(わたしもそのうちの一人です)

今の子どもたちは早めに専門家の力を借りている子がたくさんいます。
誤学習についても、親御さんが丁寧にその時その時で、きちんと指導していると思います。
我が家では、そうしています。

大げさに話題になる、「支援を受けるのが当たり前」といった誤学習(果たしてそれが誤学習かどうかは置いておきます)等に関しては問題ないように思うのです。
たとえ、支援をお願いするにしても、お願いするからには感謝の気持ちを忘れずに、ちゃんと言葉にして。というマナーのレベルでの学習で充分だと思うからです。

誤学習を恐れるあまり、普通の人々普通の子どもたちが自然と覚えられる、一般社会の細かい常識まで教え込む必要はないと感じています。

それをするには、よほど自分がきちんとしてから、つまりは自己肯定感がしっかりと育って、自分の生きる希望もきちんと芽生えて、自らの気持ちで社会とかかわりを増やして生きたいと感じてからで充分だと思うのです。

でないと、二次障害になるリスクを増やすだけです。
しかも、自分自身に脅迫的な「ふつう」という観念をも間違って育ってしまう恐れもあります。
これは大きくなってから、成人してからひどい二次障害に陥る元になると思うのです。

障害受容にも関ってきますが、自分が普通と呼ばれる人々とは違うことをちゃんと知っていることで、生まれる肯定感からは反対のベクトルにあるのではないでしょうか。

病識がない人。と同義ですね。

ちゃんと障害受容できて、自分の歩く道を想像できて、それから社会についての細かいことを覚えていったほうがうんと覚えるスピードも早くなると思います。
それにリスクもほとんどありません。

子どものうちには、丁寧に、一般社会のルールとマナーについて、その時々にきちんと教えていけば、充分だと思います。
多くを望みすぎるのは欲張りだとわたしは思います。



自己肯定感を育てるには



まとめとして。

二次障害を防ぐにも、誤学習を防ぐにも、自己肯定感が育っていないとお話になりません。

まずはその子その子にあった、自分の良いところを伸ばすこと。

これがとても大切だとわたしは切に思います。

自分の好きなことが増えれば増えるほど、自分の得意なことが上手になればなるほど、自己肯定感は育ちます。

普通の子と同じに出来たって、普通の子はそれを何の苦労もせずに出来てしまうのです。
それを精一杯の努力で追いついたって、自己肯定感があがるとは思えません。

だからその子にあった、その子がもって生まれたものを大切にしてあげたい。

わたしはそう思って息子を育てています。

いい子に育っていると思います。




DSM-5対応   神経発達障害のすべて (こころの科学Special Issue) -
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最後までお付き合いくださってありがとうございます。
それではまた〜。
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2015年04月03日

自閉症スペクトラムと成長とIQとその子らしさ




4月2日世界自閉症啓発デー。


二日前こちらのブログも自閉症啓発記事をアップしました。

息子ちびぼんの発達障害診断からもう10年以上たつのに何を今ごろ…と、わたし自身思うのですが、今年はそのチャンスが目の前に現れてくれたから。

前記事ですがリンクを入れておきます、もしよろしければ読んでいただけると嬉しいです。
4月2日は世界自閉症啓発デー ファンタジーがいっぱい!!
啓発を考えるきっかけを与えてくれたブログです。たくさんの方の啓発記事がコラボしてあります。
自閉症を知って下さい。4月2日は「世界自閉症啓発デー」世界中が美しく青くかがやきます。 うちの子流〜発達障害と生きる
別ブログにて当事者として大人の自閉症スペクトラムについて啓発記事を書いてみました
世界自閉症啓発デー わたしが啓発・啓蒙について思うこと ファンタジー頭にようこそ!


WISCの結果と成長



発達障害/自閉症スペクトラムの診断に必ずといっていいほど必要な発達検査(知能検査)。
WISCや、ビネーがその主なものと思います。

息子、ちびぼんは小学校二年生時に二次障害に陥り、この知能検査の結果普通域から精神遅滞域まで一気にIQが下がりました。
その後何年もかけて、中学三年で受けた検査でやっと通常域に戻りました。(それでも一番良いときよりも下回る結果でした)

このことは二次障害の怖さとして以前記事を書きました。
WISCW受けました。結果も出ました。

通常、IQは一生の内にそう変動のないものとされています。
実際そういう人がほとんどだと思います。

このことを踏まえて、今日は発達障害児のIQについて少しわたしの個人的な考えを書きます。
あくまでも個人的な考えを記していますので、具体的なソースなどはありません。参考にさせていただいたものはあります。(下部にリンクしてあります)


診断だけじゃなく、発達障害/自閉症スペクトラム児の将来を考える一つの手段としても、知能検査(発達検査)は大切なものだと思います。

 ・通常発達の子どもたちよりもどのくらい発達が遅れているか、又は早いか。
  (通常これは全IQの結果から判断されるものと思います)が一つの目安。
 ・検査の項目の発達状態。発達障害と診断される子どもはかなりの凸凹があると思います。
  この凸凹の状態をしっかりと見、一人ひとりの得意な点と苦手な点を把握する。

一言で自閉症スペクトラムといっても、この検査でのIQの結果によって、この先の親が取るべき行動がハッキリしてくるのではないでしょうか。

数値によって、判断しなければならないと言うなんとも悩ましい問題でもあるのですが、それはそれと、障害受容の第一歩として受け止める事となるでしょう。

大きく分けると、
IQ70(程度)以下の知的障害を伴うASD児
IQ90〜71(程度)の知的ボーダーのASD児
IQ110〜91(程度)の普通域のASD児
IQ130〜111(程度)の知的に高いASD児
IQ130(程度)以上の知的に高すぎるASD児


発達障害児、一人一人にそれぞれに生き難さがありますが、知的な面だけ(数字の上だけ)で支援の違いが出ているのも事実だと思います。
そしてそれはある程度合理的な判断だとわたしは思います。

知的に障害がある子どもの道のりは、一番初めに始まった支援でありますので、わかりやすい形で方向性が導かれています。
就学前に行われる公的機関での療育なども整っています。
小学校就学時には個々の状況などで、地元(地域)の特別支援級か、特別支援学校に進学。(例外もあります)
義務教育期間は特別支援教育が充実してきているので、さほど困ることもないかもしれません。
高校は高等養護学校へ、高等養護学校さえ卒業できれば、障害者枠での雇用率も低い数字ではないと思います。(地域差はあると思います)

順番が前後しますが、普通域、知的に高めの子どもたちのほとんどは、地元の学校の普通級で過ごすことが10年位前は一般的でした。
特別支援教育の充実と共に、知的に問題ない発達に障害のある子どもたちのための特別支援教室もこの10年に爆発的に増えたと思います。
そして、知的にある程度高く勉学に全く問題ないと思われる子どもたちも、この特別支援級に席を置くことが増えているようです。
二次障害を未然に防ぐためにも賢明な判断だと思います。
ただ少し気になるのは、義務教育後の進路の問題、その先の社会人になる時点での問題。
知的に高くても、障害者として手帳を取得することは可能ですが、障害者雇用と言う形などで就職することに本人たちは何処まで自分の将来のビジョンを想像できるかどうか?
高校の先に大学進学、その先もしばらくは学生生活を、と言う道も、勉強が好きでいて得意であるならばそういう道もありだとわたしは思いますし、ASD児の中にはそういう特徴がある子は確かに多いと思います。
落ち着いた年齢になるまで学生生活を続けると言うのも、一つの生き方です。

問題はいわゆる知的ボーダーのASD児たち。
地域差はありますが、療育手帳がとれないIQであれば、特別支援級まではOKとしてその後の進路、高等養護学校などは入るのに一工夫が必要でしょう。(わたしが住まう地域では知的に少しでも上であれば高等養護には進学できません)
それでは、通常の子どもたちと同じく受験して通常の高校へいけるかとなると、これまた難しい問題が出てくるのではないでしょうか。
勉強が好きで素直なASD児ならば、案外すっきり行くものかもしれませんが、只でさえ自己肯定感が低いASD児、自分の立位置がわかるレベルの知能はあり、他の子ども達との違いもハッキリとわかる知能でもある。
色々な面で辛い思いをすることが多い子どもたちじゃないかと想像します。

もう一つの問題。知的に高すぎる子どもたち。
IQが高いほど凸凹も激しくなるのじゃないでしょうか、出来ることとできないことのあまりにも激しい落差。
自身のそういった特徴も、それが何故なのかも知能でもって知ることは可能ですし、自分の他者の違いもハッキリと自覚することも他のASD児よりも早いと思うのです。
情報を得、推理し分析する力がありすぎるからこそ、普通の人が普通にすることの意味が、まるでわからなくなる、などといったこともあるのではないかと想像します。
苦手な部分をせめて普通レベルに持っていくのにどれほどのエネルギーを使って生きていかねばならないのでしょう。
学業面では多分問題なく進むことは出来るでしょう。
学生をずっとやって研究職にでも就ければそれに越したことはないと思いますが、一歩社会に出たならば、暗黙のルールのような目には見えないものの世界にはいっていかねばなりません。
考えただけでも苦痛以外の何者でもないような気がします。

この二つの問題。
知的ボーダー域のASD児と知的に高すぎるASD児。
どちらの支援も問題視され始めたばかりで、これからがスタートまだ助走と言う段階だと思います。
この問題は大人の発達障害者にもそのまま移行されていきます。
どちらも支援の谷間となっていると思います。
現実と今ある支援とのギャップがあるのです。

たった5つに、しかも数字だけで分けただけでも、それぞれの支援に大きく差があります。
実際の問題として、ASD児は百人百様の特徴を持っています。
せめて子どものうちだけでも、個人個人にあった決め細やかな支援が受けられればいいな〜と願ってやみません。

子ども時代に培った、自己肯定感は成人した後も、ずっとずっとその子の味方でいてくれます。
これから先も特別支援教育が、もっともっと充実したものになるといいなと、切に願います。


*参考サイト
普通の発達障害  睡眠のあいだに生きてる
こちらのブログ記事は、お子さんたちの発達検査の値がちょうど上記に書かせていただいたボーダー域。そして現在高校生と中学生。普通高校で、進学クラス。この春中学生にというお子さんも成績は中の下くらいとか。ボーダー域の心配事を見事にクリアした実例だと思うのです。今後も順調に人生を歩んでいってほしいと思います。ぜひ一度読んでみて頂きたいです。
京都教育大学特別支援臨床実践センター 特別教育ハンドブック1 pdfファイル
京都教育大学特別支援臨床実践センター 特別教育ハンドブック2 pdfファイル
京都教育大学特別支援臨床実践センター 特別教育ハンドブック3 pdfファイル
発達障害のある学生への進路支援の現状と課題 pdfファイル
特別支援学校(知的障害)における現状と課題 平成22年度の研究 pdfファイル


これでわかる発達障がいのある子の進学と就労―充実した子どもの将来のために -
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さいごまでお読みくださってありがとうございます。
今週1週間自閉症啓発を意識しております。
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2015年04月01日

4月2日は世界自閉症啓発デー




今日は普段とちょっと違った内容の記事を上げたいと思っています。

明日、4月2日は世界自閉症啓発デー
世界自閉症啓発デー公式サイト - トップページ

息子の自閉症が診断されてはや11年。わたし自身も診断されて6年。
毎年、4月にはいるとこの自閉症啓発デーがあることは知っていましたが自分からアクションを起こしたことはありませんでした。

今日、今から【自閉症の啓発】について書いていくわけですが、このような機会を与えてくださったのは、はてなブログで、発達障害の子育てについて、丁寧に思いやお役立ち情報をアップしてくださっている、nanaioさんが、自閉症、発達障害に関る方のブログ記事【自閉症の啓発】をまとめようと言う企画を作ってくださいました。


自閉症を知って下さい。4月2日は「世界自閉症啓発デー」世界中が美しく青くかがやきます。 - うちの子流〜発達障害と生きる
*↑nanaioさんの啓発記事

私も、今回はそれに乗らせていただいて【自閉症の啓発】記事を書く気になったのです。



10年前と今



息子ちびぼんが自閉症、アスペルガーと診断を受けたころは、知的の問題のない子どもたちへの支援は皆無といっていいくらいでした。
かろうじて親の会や各自閉症関係の団体があるということがわかる程度。

知的に遅れさえなければ、小学校はそのまま普通級へ、知的に問題があれば特別支援級か支援学校へ。
という流れが出来上がっていました。

これは、私たちの先人である、自閉症の親御さんたちが築いてきた道。
まずは知的に問題を抱えるお子さんから支援の道は開けていったわけです。
何もないところからのスタートだったはず。先人の親御さんたちに感謝しても感謝しても足りないくらいです。

そして、今、知的に問題のない子のための道が出来つつあります。

小学校に入るまでの、なんでも吸収しやすい年齢の頃からの療育の場、小児精神科医や、発達障害の専門医と言う医療の中からも、子どものためのカウンセリングやプレイセラピーなども充実してきました。

何よりも、10年前と異なることは、小学校中学校での【特別支援教育】への取り組みが変わってきたように感じます。
通級指導教室など、息子が低学年のうちはありませんでした。
知的に問題のない子が入れる、特別支援級もありませんでした。
それが小学校のたったの6年間の内に、あれよあれよと、支援の場が増え、息子も高学年からこういった支援のお世話になる事が出来、中学からは特別支援級在籍となりました。(新設してもらえたのです)

義務教育の場では、確実に支援の道が広がっているなあと肌で感じました。

問題点としてあえてあげるのならば、こういった支援にも地域差があるということ。
これだけはなかなか難しい。


自閉症を知ってもらえることと差別や偏見の問題



自閉症スペクトラムという概念が定着しつつあります。
ローナ・ウィング(児童精神科医)によって提唱されたこの言葉は、アメリカの精神医学界の新しいDSM-5(2013年)に自閉症障害の一つのくくりとして定められました。

そういった流れと共に、日本においては成人の発達障害者(自閉症スペクトラム者)に対してのバッシングや明らかな差別がwebを中心にひどくなっていったような気がします。
無自覚あすぺとか、空気読まないアスペ、といった、未診断者に対してのものも多かったと思います。
後は診断を受けて障害受容に悩みながら、社会参加するために行ってきたお願い事が、重箱の隅をつつかれるような形で、障害を楯にして怠けている、と言った批判を受けることもよく目にしました。

啓蒙や啓発すればするほど、世間に理解を求めれば求めるほど、マイノリティであるものたちへの偏見や差別は大きくなっていくのはバランス的に仕方のないことかもしれません。
この混沌とした時期を乗り越えて、はじめて真に自閉症の啓発が出来るような気もしています。

これはどのマイノリティへの差別、偏見も同じ道をたどっていると思います。
歴史に学ぶと言うことは、こういうときに希望の光として射してくれるからかもしれません。
まだまだ道のりは遠いけれど…。

何もしないよりはしたほうが良い。

わたしはそう考えています。


自閉症ビジネスには気をつけて下さい



自閉症の啓発を語るのに、はずせないのはこのことです。

わが子が自閉症と診断されて、藁をもつかむ思いの親たちに甘い言葉をささやく、自閉症ビジネス。
今に始まったことではありません、今までにも数多くの非医療的行為が世に現れました。
古いところでは、自閉症水銀説、予防接種で自閉症になる、ゲーム脳、最近では親学がなんとも悩ましい。
大胆な手法として『発達障害は治る』と銘打って書籍販売などを展開しているところもあるようだ。
そりゃー治ると言われたら、飛びつきたくもなります。その気持ち痛いほどわかります。

こういう囁きって、一種の宗教勧誘や訪問販売にも似ていて、巧妙な話術や手口だけですっかり乗り気にさせられてしまうこと。これは問題だと思うのです。

いたい思いをするのはお金だけで済めばよいのですが、当事者である子どもの思いはいったい何処にあるのでしょう?
一番の被害者は何といっても当事者である子どもです。

『自閉症が治る』などの甘い言葉につられぬよう親御さんは充分に注意していただきたいです。

自閉症そのものの治療は今のところ出来ませんが、その子その子ひとりひとりが健康で生き生きと過ごすことは夢でもなんでもなく可能なことなのです。





発達障害情報・支援センター
自閉症について|よこはま発達クリニック
日本自閉症協会



4月2日から4月8日は発達障害啓発週間




今年は意識して、この1週間を見つめていこうと思います。
発達障害・自閉症スペクトラムの子育ては簡単にはいきません。
普通と呼ばれる子どもたちの何倍も何倍も手もかかるし知恵も必要です。
そしてお金も必要。
今出来うる最高の事をしてあげたい。どの親御さんも思いは一緒だと思います。

そのために出来ることは、自分の子どもでお試し済みのこと、やってよかったことなどを発信していくことかなあと思いました。

我が家の息子、ちびぼん。
この春で高校生になります。
発達検査のスコアも凸凹なら、小学校時代中学校時代も決して平坦な道を歩むことは出来ませんでした。本当の凸凹道。

二次障害を患ってしまったので、その事についても詳しくまとめてみてもいいかもしれませんね。

普通の子育てじゃない発達障害の子育て。

出来ることならばその凸凹さを一緒に楽しめるような子育てにしていきたいものです。



最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。
また近いうちに〜
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