不登校の道のり~新年度を迎えるにあたって


すっかり春らしくなってきました。

数年前までは、春になって四月を迎えるのがとてもとても怖かったのを覚えています。

不登校を抱えている子どもも親も新年度4月というのは特別なものです。
単純に学年が上がることを喜んで入られない…。

長期休みのあとも同じような気持ちになりますが、この新年度というものはとっても特別で何よりも怖いもの。

今日は、新年度を迎える不登校の子どもたちとその親御さんにわたしと息子が乗り越えてきた道をお話したいと思います。


目次 不登校の道のり~新年度を迎えるにあたって
*ページ内リンクです

・小学校時代
・中学は支援級に行きました
・高校は通信制のサポート校
・不登校は不登校



小学校時代



息子ちびぼんが不登校になったのは小学二年生の夏の終わり、たしか二学期の初めだったと思います。
きっかけは担任の先生との相性。と一言でいってしまっては何なんですが、良くぞここまでというくらいひどいものでした。

親として「学校は行くもの!」という考えが薄かったせいか、彼に無理までさせて登校させることはしませんでした。正直、精神面からくるものなのか体調も非常に思わしくない状態でしたので、ゆっくり自主休校させました。

平たく言うと発達障害の二次障害がもろに出てしまった状態で、明るかった子がこのまま死んでしまうんじゃないかと親がびくびくするくらい何も喋らないおとなしいおとなしい子になってしまいました。エネルギーゼロでしたね。

10月から本格的に一日も登校せず毎日家で好きなことをして過ごしていました。
もちろん、専門家の力も借りて、ドクターとお薬、心理士さんとプレイセラピーなどやれるだけのことは全部したと思っています。いろいろな相談窓口にも連絡して相談に乗ってもらったりもしました。

学校側とも今後の学びのこと次年度の担任のこと、発達障害ゆえに助けていただきたいことなど何度も何度も学校に足を運んで相談やお願いをし、しっかりと話をつめていきました。

それでも、新学年は親も怖かった。
本人はもっと怖かったと思います。

息子にも心の準備として、「三年生になったらどうしたいか?」を親子で何度も話し合い(といってもそのころは自分の考えや思いを伝えることが出来なくなっていて、息子の気持ちを引き出すのにとても時間がかかりました)

とりあえずは学校に行くことにして、イヤだったらすぐに帰れるようにする。

もしも誰かにいじめられたりいやなことを言われたら、学校の中にも味方になってくれる人を作ってあることと(転勤など教師と組織の異なる養護教諭の先生にお願いしてありました)

そして、「誰よりも母ちゃんが味方だから、嫌なことがあったらすぐになんとかしてあげるから」このことをしっかりと伝えて「怖くないよ」という気持ちが少しでも持ってもらえたらとかなりがんばりました。

わたしも何度も書いてますが、新学年とても怖かったです。恐ろしかったです。時間が止まればいいと思っていました。

いやな予想はけっこう当たるもので、息子のことをじっくり話しをしていた教務主任の先生が転勤になってしまいました(ご栄転でした)。それを知った時は地の底に落ちてしまったような気がしましたが、ありがたいことにその先生がしっかりと繋げていてくださったのです。

息子の不登校明け新学年は考えうる最高のスタートとなりました。

とても信頼のもてるすばらしい先生が担任になってくださいました。仲の良いお友達も同じクラスになりました。二年生時に息子をいじめていた子達とは別のクラスになりました。
息子も学校のことが嫌いではなくなってきたようです。

さあ、不登校とはこれでおしまい!

なんてことはなかったですね。

発達障害のお子さんならば理解していただけると思いますが、フラッシュバックなのか二年生時を思い出すことはすべてダメでした。
休んでいるうちに疲れやすくなったのか、そこまで身体を悪くする状態だったのか、ほかの子に比べて極端に体力のない子どもになっていました。

結果として、
学校にはがんばっていくけれど、早退する。保健室へ行って眠る。朝の調子が悪い時はしっかりと遅刻をする。どう見ても調子の悪いときは当然欠席する。

こんなかんじで、まともに学校には行けませんでした。
通知表の評価もいただけません。(気配り上手な担任の先生はその他のところでたくさんたくさん評価してくださいました。感謝以外の言葉は見つかりません)

勉強もどんどんおくれていきます。
あせっても仕方がないとわかってはいても、どこかであせりの心はありました。

良い環境を整えても、一度なってしまった二次障害、不登校。そんなに簡単に元に戻れるものではありません。

このあと、三回の新年度を迎えましたが、二次障害のほうはゆっくりとは回復してきていましたが、不登校は同じような、早退、遅刻、欠席、保健室を繰り返して過ごしていたと覚えています。

小学校6年間で朝から最後まで学校にいられたのはいったい何日あるのだろう?
まともにいけたのは一年生の時だけですから…。

それでも良い先生方に恵まれて、学校側の支援もしっかりしてくださって、良い環境で三年から六年まで過ごせたと思います。
あ、そうそう、修学旅行にはいけたのです。これは驚きました!
五年生の時の課外授業(二泊三日)には一日目の夜ダウンして帰宅しましたから。(親も同行して静かでいられるように個室まで用意していただけたのにダメでした)
息子の成長を喜んだものです。

そして中学。



中学は支援級に行きました



中学は支援級を新設していただきました。
小学校の6年生時から地元の中学の教頭先生としっかりと面談をし、相談をし、息子とも直接話をしていただいて、支援級新設に至りました。

支援級ならば、支援が受けやすいこと、学びの面でも通常級と支援級と行き来をすることで何とか評価をいただけるとのこと。未来への道筋です。

残念なことに、支援級の担任がちょっと???な方で、息子の学校嫌いが復活してしまったのですが、その分、自分の意見を言う、自分のしたいこと、やりたいこと、反対にいやなこと、嫌いなことも言葉として表現できるようになりましたから、良しとします。

小学校二年生のときのようなひどい二次障害にならずにすんだのは、担任は残念な方でしたが、その他の先生方のフォローは完璧だったというのもあります。
息子はほんとうに環境には恵まれています。

二年時には新しい担任となり(学校側の計らいで)息子も一年の時よりは機嫌よく通っていました。

日数的には不登校と数えられる状態で中学時代をすごしましたが、三年になってからは、自分のすすみたいと思う道がはっきりとして、その学校に行くために、何とか日数だけは稼ぎました。遅刻、早退、ありありでしたが。

やりたいことがハッキリするということはすばらしいことですね。
先の見えない不登校生活にはじめてほんのちょっと明かりがともりました!

無事校長推薦をいただいて、目指していた高校に進むことができました。

といっても、その高校は通常の学校ではありません。
通信制のサポート校です。

つまり、がんばることをがんばれば、出席日数関係なく卒業の資格をもらえる。というシステムの高校です。
不登校の息子にとっては行きたいときに通える学校として最高のところでした。
それにプラスして、息子のやりたい勉強も教えていただくことが出来ましたから…
と言っても、一筋縄ではいきませんでしたが。



高校は通信制のサポート校



高校を決めたのも、中学二年のときから見学を重ねてきたから早めに行動に移せたのだと思います。

小学校も中学校もそれぞれの新年度もそうですが、親がすることは何でもはや目はや目に手を打つこと。
これに限ると思うのです。

ここまで読んでくださった方ならもうお気づきだと思うんのですが(だらだらと長い下手な文章お付き合いくださってありがとうございます)一度なった不登校は簡単に直るものでもありませんし、些細なことがきっかけで簡単に元に戻ってしまいます。

進学や新年度はたしかに良いきっかけにはなりますし、不登校している本人もやる気が出てくるときなのは確かですが、はじめにがんばりすぎて、あとずるずると元の完全不登校に戻るよりかは、行ったり行かなかったりでも少しずつでも通えればそれでいいんじゃないかと、わたしは思うのです。

中学校で鍛えられた息子は、高校でも苦手なタイプのクラスメイトと同じクラスになったりしても、何日も続けて休む完全不登校にはなりませんでした。

いやなことばかり言う先生に当たっても、完全不登校にはなりませんでした。

これでよかったんじゃないかと思うのです。

高校は電車とバスを使って一時間かけての登校でしたが、大丈夫でした。
もちろん毎日行けるわけはありませんが、無事にやるべきことをやり終えて卒業しました。

はっきり書いてしまっていいのか…わかりませんが、不登校はずっと不登校だと思っていたほうが楽だと思うのですよ。
子どもはそれでもちゃんと成長していきますし、精神的に安定さえしていれば発達障害がある子でもなんとかなると思うのです。



不登校は不登校




不登校がおさまるとか、不登校じゃなくなって毎日元気で通えるとか、これは夢また夢のお話だと思っていたほうが親として元気でいられるし、不登校ありきで、早めに学校側と話をつけることが出来るので、よいんじゃないかと思います。

息子はこの春専門学校に進学が決まっていますが、こればかりは息子の努力しだいで卒業はおろか、簡単に留年してしまうと思っています。
それでも、行かせようと決めたのは、息子の強い意志と、息子自身の頑張りがみたかったからです。

何とか、卒業までこぎつけてくれるんじゃないかと、甘~く考えておりますが、もう18歳ですから、親の出る幕じゃありませんしね。

といいつつ、入学が決まる前、見学に行ったときに校長先生と面談をしてきてしまいましたが…
たぶん、入学後に学校側にある程度のお願いには上がると思いますが…

ギリギリでいいから卒業できるといいな~

不登校人生の中で、最後の学生生活ですからね、しっかりと味わって欲しいです。
それに好きなことだけを学べるんですから、息子もやりがいがあると思うのです。

とあれこれ、親が勝手に想像していても、現実はどう転ぶかわからないのがおもしろいのです。

不登校は不登校として、親はそれを楽しむくらいになると、とっても楽ですよ。

と言うのを最後の締めくくりとさせていただきます。

増補 不登校、選んだわけじゃないんだぜ! (よりみちパン!セ) -
増補 不登校、選んだわけじゃないんだぜ! (よりみちパン!セ) -

最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。

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