いよいよ高校の卒業式です



二月も終わりに近づいてきました。
三月に入るとすぐに高校の卒業式です。

三年間お世話になった高校ともお別れです。

高校受験時、息子自身で選んで決めたのは、自分の好きな子とも学べる「通信制高校」でした。
サポート校でもあるため通学も自由です。
こちらについては前回の記事「障害児から障害者へ」でもふれています。

正直、朝から最後まで授業に出れたことは数えるほどですが、通信制のおかげで出席日数を気にすることもなく気楽に登校できました。

親として見ていてもいい精神状態で三年間おくれたんじゃないかと思います。

今日はその三年間を思い起こしてまとめてみます。


目次いよいよ高校の卒業式です
*ページ内リンクです

・入学までと高校一年
・高校二年
・高校三年生、卒業展
・春からは専門学校



入学までと高校一年



高校の見学は中学二年生時から始めました。
不登校であり、ASD(自閉症スペクトラム)であり、過眠症をかかえている息子にとって、早め早めに動いたことは自分を見つめなおすきっかけにもなり、良かったと思っています。

息子は絵が好きなので、そういう美術領域も学べる通信制の学校を選びました。
あたり前ですが、自分が行きたいからといって入学できるわけはありません。
(通信制の高校もきちんと準備をしないと希望の学校には入れません)
学校長の推薦をいただくために、かなりの努力をしました。
よくがんばったと思います。

自分で選んだ学校に入学が決まり、とてもいいスタートを切る事ができました。
小学二年生からの不登校ですから、基本的な学びの姿勢を培っていませんでしたが、この高校で試験のための勉強、合格点をもらうための勉強を覚えました。
さすがサポート校です。
(但し、自分で学び取らなければマンツーマンで教えていただけるわけではないのでそういったものを希望している方はサポート校選びにも注意が必要です)

残念なことに、友人を作るという目標は難しいようでした。
クラスの雰囲気が聴覚過敏の息子にはつらかったようです。
授業中であっても、かなりうるさかったとか…。
(聴覚過敏の息子の言うことなので普通の基準からどのくらいうるさいかはわかりません)

中学時代がまあ勉強にうるさい地区というか、レベルの高い地区であったため公立の中学でもかなりの厳しさとスピードで授業は行われていました。当然生徒たちはついていくのに必死で、うるさくしている暇も隙もありませんから、静かなもんです。

それと比べてしまったら、気楽なスタンスで通っている通信制の高校の授業、多少はうるさい雰囲気になってしまうのもいたし方がないとわたしは思うのですが、ASDの息子君にはそれが許せないようで…一時はけんか腰になるまでに至ってしまったようです。
ちょうど一年時の夏前くらいでした。

クラスの担任とはしっかりとお願いすべきことと気をつけていただきたいことは伝えてあったので、大きな問題にならずにすみました。
よかったです。

小学校から春が来るたびに、何度も何度も担任が変わるたびに、何度も何度もお話させていただいてきたのも、何かあった時に大きな問題にならない事が一番大切なこと。
今現在、小学生や中学生の発達障害をお持ちの親御さんならきっとお分かりでしょう。
高校になっても、担任との面談は続けてくださいね。もういいと思っても続けたほうがよいように思います。


高校二年



高校生活にも完全になれ、友人関係も息子自身が納得したというかあきらめたというか、何とか落ち着いてきてはいたのですが、今度は好きな科目の先生(講師の先生)との関係があまりうまく行かなくなってしまいました。

言われたことはそのまま真面目に反応するASDの息子君。
周りのクラスメイトと自分他数名と先生の対応が異なることに気が突き出したのです。
これはASDらしい思い込みの結果かもしれませんが、好きだった科目に全く力が入らなくなってしまいました。
「もう、先生の言うことは聞かない」とまで言い出しましたが、親としてはそれもまあいいんじゃないかと、本人の決めたようにすることを後押ししました。何があってもそれで起こる結果は自分で乗り越えないといけないことですから。
(もちろんそういう話をした上での後押しです)

学年末に、その結果が現れました。
息子が希望していた事に担当の先生の許可が下りなかったのです。
残念でしたが、きっぱりあきらめる事が出来ました。
息子も成長したもんだとあの時痛感しました。
(具体的に書けなくてすみません)

そして高校三年生。
思っても診なかった大きな壁が息子を待っていました。


高校三年生、卒業展



絵の関係の学びができる学校なので、卒業にあたり展示会があります。
中学の見学時からその展示会に足を運んでいましたので、息子にとっては卒業の展示会はとても大切なものだったと思います。

新年度始まってすぐに、何を創作していくかきちんとビジョンを決めて取り組み始めました。
その時の息子の目はとてもいきいきしていました。

一年間かけて作成していく…。

大きな壁は時間の感覚でした。

締め切りが目の前にあると、とてもわかりやすくそれにそって進んでいけるのですが、その計画でさえ自分で決めて…となると、息子にとってはとても難しいことだったようです。

夏休みになっても、後期になっても、アイデアだけは山のように出ても、形にするすべがわからなかったようでとうとうぎりぎりの時間となってしまいました。

ここで、わりきって自分の中にあるものを一部でもいいから表現できれば、形に少しでもできればよかったのですが、超頑固者の息子にそれはできませんでした。
はじめに決めたビジョンにこだわって、どうしてもその形でないと作成できないというところまで来てしまいまして、展示の担当の先生も最後まで辛抱強く息子に付き合ってくださったのですが、とうとう最終締め切りの日まで息子の作品が形になることはありませんでした。

山のような企画書やアイデア集を見て楽しみにしていたわたしも、がっくりです。
息子本人はというと、もうあきらめると決めてからは、すっきりさっぱりしちゃって…さすがゼロか百か人間と彼がASDであることをイヤというほど思いしらされました。

まあ一番つらいのは本人なので、アレコレ言うのはやめました。

まあ残念な思いをしたのは息子だけじゃなかったようで、担当の先生も毎年大変だなあと思ってしまいました。

形だけは一年間無駄に過ごした…ということになるのですが、この壁は息子の人生にとって経験しておきたかった大事な壁だったと思います。
担当の先生にも、同じようなことを言われたようで、息子の心にもきちんと響いたようです。

高校での展示会はもう経験できませんが、同じような事があった時には今度は計画の仕方をたとえば他者の力を借りてでも、作り上げることの喜びや達成感を味わえるんじゃないかと思っています。
(また同じようなことをやってしまうかもしれませんが><まぁ親としては慣れてますので…)

時間って目に見えないものだけど、目に見えるようにしていくことは工夫でじゅうぶんに可能。
幼い時から、短い感覚の時間は目で見えるようにしてきましたが、一年という長い時間をどう工夫するか、親のわたし自身が苦手なところなのでまた息子と一緒に経験できる事があったらいいなあと思っています。
その時は息子の縁の下として最低限のフォローをしていきたいなあ…。
やはり、新しいことはASD者には難しいですね。


春からは専門学校



絵の関係の専門学校に決まりました。
高校からは美大も指定校推薦で息子も進学可能でしたが、よく話し合って専門学校に決めました。

二年間で息子はどのくらい成長するでしょうか、とても楽しみです。

発達障害について、大人になるという目標に「働いて納税者になること」を掲げている方々には怒られそうですが、絵の関係の専門学校を出ても就職先はほとんどありません。

就職よりも息子のやりたいことを大事にしたかったので、全く反対せずに進路は決まりました。

思春期・青年期の発達障害者が「自分らしく生きる」ための支援 -
思春期・青年期の発達障害者が「自分らしく生きる」ための支援 -

卒業後本人はどうするかわかりませんが、無理して就職して精神を壊すのだけは怖いので、無理はさせないつもりです。
そのかわり、アルバイトは出来るだけやってもらいたいと思っていますし本人もそのつもりのようです。ただし、単発短期のアルバイトに絞って欲しいとお願いしてあります。

学校もそう楽な学校ではありませんし、課題やらしっかり忙しいらしいです。
(専門学校も高校二年生時から見学して決めました、最終的に専門学校の校長先生と面談をさせていただいて結論を出しました)
もしかしたらほんとの短期でないとアルバイトも難しいかもしれません。

まあ様子見です。

二年間、思いっきり好きなことに集中してがんばってくれたら、それはとても大切な宝物として息子の中で輝いてくれると思うのです。

将来のことはまたそれからゆっくり考えればいいんです。
わたしたちはそう思っています。

発達障害児が大人になっていくというのはそういうことなのですよね。

なんだか前回の記事ととても似通った内容になってしまいました><
わたし自身かなり頑固さんですから…。



最後までお付き合いくださってありがとうございます。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
にほんブログ村
これからも末永くお付き合いいただけるととてもうれしいです。


この記事へのコメント

人気記事