障害児から障害者へ☆



新しい年を迎えました。

昨年このブログを更新したのが5月でしたからなんと8ヶ月ぶりです。
そのあいだに良いことも悪いことも、問題が起きたり解決したりといろいろありましたが、のほほんと迎え撃っていたら、時はあっという間に過ぎていってしまいました。

発達障害児、幼い頃~中学校くらいまでは、ある程度のスピード対策が必須ですが、高校をもうすぐ卒業ともなると、わりとスピードに関しては楽になりました。
たぶんこれは、多くの発達障害児に当てはまることじゃないかとも思います。

そのかわり、親が対応する内容が変化していきます。
子どもも障害児から障害者へと変わっていきます。(これは身体的なことはもちろん、福祉面でも、法律面でも、精神面でも)

今日は少し、現在、この障害児から障害者への道のりを歩いている息子のことをお話したいと思います。



目次 障害児から障害者へ
*ページ内リンクです

・通信制高校の三年間
・障害児から障害者へ
・これから…



通信制高校の三年間



このブログにも書いてきましたが、息子は小学校二年から不登校の問題を抱えながら小学校、中学校と義務教育期間を終えました。まともに全日登校できた日はほとんどなかったと思います。遅刻と早退を駆使して、彼は彼なりにがんばってきました。

高校は、出席日数が単位に関らない「通信制高校」を選びました。
通信制ですがサポートの充実した、通おうと思えば毎日登校できるスタイルの学校です。
そして本人の好きなことを専門的に学べる単位のある学校にしました。
これは、将来を見据え、現在の本人にも合った学校を親子で必死に探した結果です。

今の居場所と、将来のビジョン。

これがあるとないとでは、本人のモチベーションがまったくかわります。

幼いころから支援してくださった、専門家の方々の意見を取り入れながら息子にあった道を…と模索した結果です。

現在、三年生。
進学先も決まりました。
あとは卒業するだけです。
(卒業までに大きな山がまだありますが)

この通信制高校の三年間、一言で言ってしまえば、小学校の学びなおしという感じでした。
友だちを作りたいがどうすればよいのかわからない
先生に言いたいことが言えない(質問できない)
指示された事を忘れてしまう
いつも何かを忘れてしまう
約束の時間通りに行けない

こんな感じです。

自主的に決めた学校ですから、本人のやる気はしっかりあります。だからこそ起った問題だと思うのです。

高校までは学校に行くという行為自体仕方なく行っていた。というのが事実ですから。

これは感謝しなくてはならないことですが、友人にはとても恵まれて、多少のいじめや学業についていけないことなども無問題になるくらい良い関係を結べた友人が複数いました。(現在も何か相談事があったりすると連絡を取り合っています。わが家にも遊びに来てくれます)
自主的に通っていたわけじゃないので、先生に何かを伝えたいということはありませんでした。
いやな事や変えてほしいことは伝える術をしっかり学びましたが(いろいろありましたから…)。
そもそもその場での指示は、先生のフォローで何とでもなりましたし、忘れ物なども、忘れたから困ることもありませんでした。(親が届けたり、学校で何とかしてくださったり…本人にしてみれば、他人事)
学校は遅刻や早退があたり前でしたから、何時までに用意をして登校するといった形は不登校ではなかった小学校一年生以来。

上記に書いたことってとても問題点だと思いますけど(高校生にもなってできないなんて)何とかなっちゃうんですよ。まだまだ問題点は多いですが、自分なりに工夫してこれらの問題点をクリアしていっています。
特に友人に関しては、よくぞ、自覚できたと褒めてあげたいくらい。
高校においての友人は作らなくても良いという結論に達したようです。形だけの友人関係を結びのはASDとしてはとてもきついことですし、それに使う労力を他に向けたいと、高校一年のうちに友人問題は解決したようです。(これについては高校のスクールカウンセラーの先生や担任の先生のお力もあるのですけど)
友人関係に関しては大きな壁を乗り越えられました。

学業に関してはたまたま住んでいる場所が、教育に熱心な地域で小学校中学校とレベルが高かったのです。その中でほんのわずかとは言え授業に出、試験も受けてきたので、親が思っている以上にちゃんと学力はありました。高校での成績はなかなかのものでした。(今までと比べてですよ)

高校時代は親が細かな心配をしなくても、大丈夫なくらい本人も成長していきますし、事務的な提出物だけ親が心配していればうちの場合OKでした。

金銭面では親としてはつらい学校でしたが通信制のサポート校にして万々歳でした!

通信制高校のすべて: 「いつでも、どこでも、だれでも」の学校 -
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通信制高校があるじゃん! 2017-2018 -
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障害児から障害者へ



三年前、中学の卒業式で特別支援教室の生徒たちの事を「障害者!」と言った親御さんの声を忘れることはできませんが、確かにそのとおりで、福祉的には18歳で障害児から障害者へと呼び方も変わります。もちろん福祉サービスも変化していきます。20歳になれば法律的にも成人ですし、完全に障害児から障害者へと転身です。

さてさて、息子はどんな障害者になって行くのでしょう。

知的なハンデがない分、見た目も少し接しただけでは障害があるとは他者にはわかりません。
働くことも、きちんと視野に入れていかなければなりませんが、これに関してはまだまだ時間がかかりそうです。学生時代のうちに少しでもアルバイトなど経験が出来れば良いなあと思っていますが、難しいかもしれません。学生時代を卒業しても、正社員として働くことはものすごくハードルが高いと想像できます。

どんな形でも、なんらかな形で働くということを経験して欲しいと親としては願っていますが、どうなることやら…。

よくある障害児の教育方針の「働く大人」を見据える。というようなことはほとんどしてきませんでしたから。
何よりも、心が強くなって欲しい。自死を選ばない人間になって欲しい。という願いが一番でしたから。

いろいろな方に怒れてそうですね。

でも私はこの育て方でよかったと思っています。成人してからでもゆっくりと生き方を考えて細々と暮らしていければいいんじゃないかと思ってもいます。

心の強い障害者。他者に優しい障害者。
言葉を変えると、
心の強い人間。他者に優しい人間。そして、自分にも優しい人間。になっていければ最高です。


これから…



ネットの世界を少し覗くだけで、成人発達障害のことが目に入ってきます。
精神科や心療内科でなく大病院でもなく、普通の個人病院でさえ、成人発達障害のリーフレットや本がおいてあるのもよく目にするようになりました。

息子も、成人発達障害者になります。
どんなに小さな子であってもいずれは成人します。

息子が診断を受けたのが4歳。あっという間に18歳です。長いようで短いような…。

彼は絵を描くことが大好きです。
今、高校でもその勉強をしています。
進学する学校も絵の学校です。
家の諸事情と息子の希望もあって美大ではなく専門学校に進学することになりました。

絵を描いて生業にしていくという道は普通に考えてあまりにも険しすぎです。
息子自身がどう考えているか?
その話も家族でしなければなりません。
我が家は息子が幼いころから何かを決める時には家族会議と題してしっかりと話し合ってきました。
息子がうつ状態になって何も話せない時から回復に向かったころからそれは続いています。
息子が自分の思いを伝えやすいように様々な工夫をしてきました。
普通に話すことはハードルが高すぎたからです。
今でも少しその傾向はありますが、家族内では自分の思いを話せるようになりました。

否定せず受け止める。
これを大切にしてきたからだと思っています。

これから成人していくに当たって、自分の思いを話を伝えていくことは今まで以上に大切になってきます。
家族以外にもこれができるようになったら…。

少し夢を見てしまいます。



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これからも末永くお付き合いいただけるととてもうれしいです。


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