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2016年04月01日

ありがとうがいっぱい〜今年もやります!世界自閉症啓発デーコラボ企画2016




4歳で発達障害(アスペルガー症候群)の診断を受けた息子も、今年で16歳になりました。
この春からは高校二年生です。
たくさんの方に助けられて、ここまで成長しました。

母親のわたしは子育て中、二次障害のうつとPTSDなどが悪化し専門家のお世話になってそこで発達障害(広汎性発達障害)の診断をうけました。
現在福祉の力を借りていろいろな方に助けていただいています。

息子(ちびぼん)わたし、ともに精神障害福祉手帳2級を、息子は特別児童手当、わたしは障害年金2級をいただいています。

わたしたち親子は、いろいろな方のお力を借りて生きています。

今日は、わたしたち親子を助けてくださったたくさんの方々に、
ありがとうの言葉をお伝えしたいと思います。


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去年自閉症の啓発デーにちなんでブログ記事でのコラボを計画し実行してくださった、なないおさん。今年もコラボを企画してくださいました。去年に続きたくさんの方が参加されそうなので期待値もぐんと上がってきます。

どういう形であれ、自閉症というものを社会に知っていただくために少しずつでも歩いていければと思い、今年もその企画に参加させていただくことにしました。

nanaio.hatenablog.com

なないおさん、今年もこの企画をうちだしてくださってありがとうございます^^



ひとつめのありがとう



息子が診断を受けるきっかけを作ってくださったのは、当時通っていた保育園の園長先生でした。
「一度きちんと診てもらってください」と告げられたときは、何言ってるんだこの先生?と思ったりもしました。4歳当時の息子、言葉も少なくその上エコラリアもありました。いま思うと、三歳児検診でなぜそのまま通過したのか不思議なくらいでした。たぶんおとなしい受動型のタイプであったのも原因の一つだと思います。

何年もたくさんの子どもたちを見守ってきた保育士のプロの目は息子のこともちゃんと見てくださっていたのです。
園長先生がいなかったら、園長先生が気づいてくれなかったら、息子の人生は大きく変わっていたかもしれません。それを想像すると怖くなります。

園長先生、気づいてくださってありがとうございました。



ふたつめのありがとう



小学校の先生たちも、残念なこともありましたがしっかりと支援してくださいました。息子がうつの状態から這い上がれたのも、当時の担任の先生や教頭先生、校長先生、養護教諭の先生、事務の先生と学校全体で息子を見守ってくださった結果だと思います。

小学校というものは担任の先生が一人で抱え込むことが多いのですが、息子が不登校になり二次障害でひどい状態になってからは、教頭先生を筆頭に学校全体で支援してくださったのです。
PTAの役員の方々にもお世話になりました。
中学校への橋渡しもそれはそれはスムーズに行ってくださいました。

感謝とともにありがとうの言葉を小学校全体に届けたいです。


みっつめのありがとう



息子の主治医。
現在三人目の主治医ですが、一番ひどい時期を丁寧に診てくださった、二番目の主治医には言葉に現せないくらいたくさんお世話になりました。
息子の睡眠に着目してくださったのもこのドクターでした。(現在は過眠症の診断を受けて睡眠の専門医に診ていただいています)
福祉の道を開いてくださったのもそのドクターでした。わたし一人の情報量ではどうしようもありませんでしたから。

ながいながい息子の不調の時期、5年間をしっかり支えてくださった、ドクターに大声でありがとうをお伝えしたいです。



つづいてのありがとう



同じく息子の状態が悪い時期から長く関ってくださった、臨床心理士の先生。
一言も言葉も出ない状態から、ゆっくりと息子が成長していくのを見つめ、その時々に適切な言葉がけで息子の意欲を導いてくださった。

この先生がいなかったら、もしかしたら息子の不調な時期はもっと延びていたかもしれません。

わたしも、この先生に見てもらっていたのですが、苦しい時期に何を優先すべきかはっきりと教えてくださったことは感謝の言葉では言い表せません。

ほんとうにありがとうございます。


たくさんのありがとう



中学校の先生方。
偶然にも息子が不登校になった時期に教育センターの相談窓口として面接してくださった先生が、この中学の教頭先生になられていたのです。
息子の状態もしっかりと覚えていてくださって、その記憶力に驚いたものです。
「ゆっくり、しっかりとがんばりましょう!」と息子をはげましてくださり、中学校で発達障害の特別支援級を新設してくださったのです。

息子の将来のことも息子といっしょに考えてくださいました。
面談には必ず息子自身を参加させてくださいました。これはとてもたいせつなこと。自分のことを話すのに、本人不在ではいけません。

残念ながら、支援級の担任になった先生が古くからの自閉症や知的障害の生徒たちを専門に見てきた先生で、教頭先生の新しい考えになかなかついていけず、結果子どもたちが振り回されることになってしまいましたが、教頭先生は支援級の生徒たちをいつでもしっかりとフォローしてくださったのです。

そして、他校に校長として赴任。その後来てくださった教頭先生も、ものすごくいろいろなことを勉強なさっていて、発達障害の子の支援の方法や何が大切なことなのか直感的に見抜ける力を持った方で、息子と古い考えの担任の先生の間に入って少しずつ、支援級の改革をしていってくださったのです。

小学校中学校と管理職の先生方といろいろ相談したりお願いしたりしていく中で、わたしもいろいろと学べました。そういった面でも中学校の管理職の先生方には感謝でいっぱいになります。

息子の自我を息子の自己肯定感をほんの少しずつでも引き出してくださった中学校時代。
古い考えの担任の先生とも、息子も私も上手に立ち回れるようになりました。ほんとにいい勉強になりましたしいい刺激になりました。

息子の夢を否定することを平気でいう担任の先生でしたが、これも息子が生きていく上で必要な試練だったかもしれません。
管理職の先生方が見守っていてくださることで、息子は一人ぼっちにならずにすみました。
困ったときには助けを求めることも出来るようになりました。

また部活動で美術部に入っていたのですが、ほとんど欠席ばかりの幽霊部員だったのに、ちゃんと作品を提出することを促してくださり、息子もそれに答えて作品を仕上げ、展示会ではちゃんとした形になったものを披露することができました。
お忙しい先生でしたが、しっかりと見守ってくださり、息子の進路のことも相談に乗ってくださり(進路担当の先生でしたので)いろいろな情報を早めにくださったのも、美術部顧問の先生。この先生のお力添えで、早い時期から高校の見学を済ますことができ、結果、進路を早めにきめ、後はそれに向けてがんばる。というわかりやすい道を示してくださいました。

中学は子どもたちがぐんと成長する時期。
思春期の問題もありましたが、自分の好きな子と自分の将来のことをしっかりと把握し、それにむかって進みはじめることができたのも、中学校の先生方のおかげです。

叱るときはしっかりと叱り、フォローするときはしっかりとフォローしてくださった、中学の先生がた。
おかげさまで中学で息子は大きく成長しました。ありがとうございます。



いつもそばにいてくれてありがとう



保育園のときからの息子の友人Tくん。
このブログと同じくらい長く付き合っていますね。
息子が障害告知を受けたとき(自分で知ってしまったのですが)真っ先に伝えたのが、Tくんだったようです。

小学校でも中学校でも、べったりと着くわけでもなく、ちょうどいい立ち位置で息子の心を支えてくれたお友達。
彼にもいろいろな問題があって(家庭内の事情)苦しい時期もありましたが、いっしょに成長してきた感じがします。
高校で離ればなれになっても、いまだにうちに遊びに来たり、わたしを交えて相談事をしに来たり。
毎年夏休みは冒険と題して、ちょっとずつ息子とふたり、あるいは他のお友達も含めて、小学校の映画館からはじまって、去年は少し遠方までNARUTO展を見に行ったり、来年は一泊旅行をする予定なのですって!

Tくんと息子の関係は、障害があるないなどまったく関係がないかもしれません。しぜんにお互いが助け合って友人関係をしているような感じです。

Tくんにはいっぱいしあわせになってもらいたい。
そしてありがとうをいっぱい伝えたいです。



いちばんみじかな社会へのありがとう



機能不全家庭で育った被虐待児のわたしとしては、むずがゆく素直になれないところなのですが、いちばんみじかな社会である、家族に感謝したいのです。

我が家は自身の特徴も考え方も育ち方も友人関係も仕事の内容も持っている疾病さえ、マイノリティな三人が集まっています。ふつうの家族とはいろんなところで異なっていることが多いと思います。
だからこそなのかもしれませんが、息子の障害もわたしの障害もみな自然に受容できる環境にあります。
これはかなり感謝しなくてはならないところかもしれないと、最近気づきました。

わたしと息子は共依存の関係にあります。
これはわたしの主治医も息子の主治医も臨床心理士の先生も必要悪としてなくてはならないものとして捉えてくださっています。そのおかげで、わたしは罪悪感にそれほど苦しむことなく息子に依存することができます。
この関係は年々依存の度合いが逆転していっています。
子が親に依存するのは、ある意味あたり前のところですが、親が子に依存するのはちょっと考えてしまいますよね。
息子に無理なことをしているのではないかと考えることもありますが、彼は自然とわたしの仕事、いわゆる主婦業を手伝ってくれています。大変助かっています。(おこづかいに反映されるのですが^^)
家事が特に料理が好きなんでしょう、いろいろとこしらえてくれます。鼻唄うたいながらフライパンをふっています。楽しそうです。
わたしはかなり恵まれた環境にいることに感謝しなければなりません。

思春期で荒れることもあるのですが、基本やさしい。
わたしの二次障害のこともしっかりと把握してくれています。(わたしの主治医から説明を受けています)
いまのところ、しなければならないから嫌々やってあげている、のではないようです。(本人じゃないので本当のところはわかりませんが)
嫌なことは嫌とはっきり言ってくれるようになっていますので、イヤになったらちゃんとそう言ってくれると思います。
自分が苦手なところもわかっていて、それをわたしがある程度補っていることも理解しているので、バランスが取れているのかもしれません。

発達障害の二次障害の当事者として、子どもに助けてもらっているのは正直苦しいですが、それでわたしも心穏やかにすごせ、息子も穏やかにすごせているのですから、OKと思わないといけません。

まあ共依存といってもお互いがべったりという関係ではありませんので、それぞれの時間、それぞれの空間をしっかりと大切にしています。これは子どもが成長すればするほど大切にしなければならないところだと思っています。

いかがでしょう?
こんなへんてこな家族関係。健常者の家庭ではありえない関係ですよね。
発達障害だからこその、微妙なバランスで家族関係がたもたれているのかもしれません。

やはりとても恵まれている。
これはとてもとてもしあわせなことです。


いつもありがとう



そして、わたしを助けてくれているのは、このネット上のたくさんの仲間たち、たくさんの親御さんたち、たくさんのふつうの人たちです。

やはり、大きな声で「ありがとう」を伝えたいです。


いつもわたしたちを支えてくださってありがとうございます。



harubonbon.seesaa.net


harubonbon.hatenablog.com


 


*この二つは去年の記事です。


さいごに、小説を一つ紹介させてください。

SF小説で翻訳ものです。なれない方には、少しとっつきにくいかもしれません。
この小説は、自閉症者が主人公です。SF小説ですのでふつうの展開ではありません。
それでも、自閉症者が社会で生きていくこと、当事者が何を望んで何を考えているのか、ふつうと呼ばれる方々にも想像しやすく描かれていると思います。SF作品としても「ネビュラ賞」を受賞のすばらしい小説です。
作者は自閉症児の母親です。「くらやみの速さはどれくらい」このタイトルはその息子さんが言葉にしてたずねたものだそうです。
もし少しでも興味をもたれたら、ぜひ読んでいただきたいです。
わたしにとってこの小説にも出会えたことに感謝をしたいものだからです。
この作品を世に生み出してくださってありがとうございます。
くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) -
くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4) -

harubonbon.seesaa.net


*ネタバレなくらいあらすじを書いていますがこの小説の感想記事です。



長くなってしまいました。
最後までお付き合いくださいましてほんとうにありがとうございます。
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