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2015年05月10日

睡眠障害と発達障害と社会生活



高校生ちびぼんヘロヘロになりながらも学校に通っています



息子が入学した通信制のサポート校、本格的に授業開始がゴールデンウィーク開けでした。
それまではゆっくりと、長い春休みという感じだったので、親子とものんびり過ごしておりました。

その間、学校との面談を二回ほど済ませ、(小学校中学校でもう慣れたもので、手順もバッチリ)息子の障害特性など、しっかりと知っていただき、お願いすべきことはお願いし(高校生にもなるとさすがにほとんどないのですが…)本格的な授業開始を待つばかりの状態にしてありました。

ゴールデンウィーク中は、小学校中学校と同じだった地元の友人としっかり遊び、(家でゲームしたり、ちょっと街中まで二人で出かけたり)なかなかと高校生らしい感じでよい休日だったんじゃないかと思います。

中学を離れたら、もうなかなかと会ったりはしないんじゃないかと思っていたのですが、息子と息子の友人の関係はそう簡単に途絶えるものじゃなかったようです。
それに、今時はスマホで連絡取り合ってて、親の管理下から少しはなれたところでの交流。いい感じです。
思春期の荒れ具合がちょっと落ち着いたかな?という雰囲気。


睡眠障害と発達障害と社会生活



入学式などを含めて、まだ両手にも満たない登校日なのですが、かなりがんばって登校しております。
今のところパーフェクトです。
小学校中学校と、何とか登校できても遅刻と早退が当たり前のように付きまとっていましたが、それもありません。
根性で朝目覚め、根性で授業を受け、根性で放課後までやり終えて、約一時間かけて帰宅しています。

ほんとにものすごいがんばりだと親なのにビックリするくらい!

これは、通っている学校の授業が、息子の好きなことだから。
自分で悩み、選び、そして合格した学校だから。
このことはとても大きいと思います。

非器質性過眠症というナルコレプシーに近い睡眠障害をもつ息子。
睡眠科の主治医の指導元、日中の眠気と必死で戦っています。

主治医にも息子自身が選んだ好きなことが学べる学校ということで、それは睡眠障害にもとてもプラスになると言っていただきました。
やはり、覚醒には本人の意思が一番の要だとか。
自分の好きなことだから根性で起きられる。そういうことだそうです。

夕方4時過ぎには帰宅するのですが、もうフラフラで、いつもそのままベッドに倒れこんでしまいます。
気を許すと、そのまま朝まで寝てしまいます。

翌日のことを考えて、何とか一時間弱で起きてもらい、夕食やお風呂などを何とか済ませて後は自由にしています。時として目が冴えてしまい12時過ぎることもありますが、大体は11時前には眠りにつきます。
このあたり、高校生としては学校から帰ってきてからの自由時間があまりにも少なすぎて、少々悲しくなりますが、これとも上手に付き合っていかないとダメなのですよね。

発達障害もそうですが、社会生活の中で障害特性と上手に付き合っていくには、個人の努力と、意欲と、そして、色々な形での支援が必要です。
それは医療だったり教育だったり、家庭内のことだったり。
いろいろな方の力を借りて初めて、社会生活が営むことが出来るんだと思います。

これは、睡眠科の主治医の影響もあるのですが、社会に合わせるための工夫をしていかなければならない。ということ。
息子の場合、睡眠に関しては、「モディオダール」というお薬が大きな助けとなっています。
学校にも、発達障害の特性と共に睡眠障害についてご理解いただいています。

これは学生だから、お願いできることなのかもしれません。
本格的に社会に出たときには、どこまで自分の工夫で乗り切れるか、どこまで支援を頼めるか、あるいは福祉のお世話になるのか。
後数年で色々考えなければならないところまできてしまいました。


好きこそものの上手なれ



この言葉(ことわざ?)発達障害児にぴったり合っているなあといつも思うのです。
なかなか自分の好きなことが見つからない分からないという方もいらっしゃると思いますが、ちょっとでもいい感じ。と、思えることならば、多分それが好きなことなんだとわたしは思います。

やってみて苦じゃないこと。
やってみて楽しいこと。
やってみて達成感のあるもの。

これを見つけるのがまずはじめ。
次にはそれを自分の言葉なり他の形なりで表現できること。
それをやりたいという意思表示が出来ること。
そしてそのための計画を練ること。

目標が形作られると、発達障害者は、やる気が起こってきます。
いわゆる先の見通しが立つ上に、自分の好ましいと思うことだから。



わたしは二次障害がとても怖い



息子は小学校低学年の頃に早くも二次障害になってしまいました。
これは悔やんでも悔やみきれません。もっとしっかりと見守っていればと何度も何度も後悔の渦に飲み込まれてしまいました。

ASD、発達障害にとっての二次障害はリスクがとても高い。
己が持っている能力が出せなくなってしまうばかりか、生きている意味事態をもなくしてしまう。

それはとてもとても怖いことです。

だから、わたしは、発達障害を持つ子ども(大人でも)には、いやなことで無理をさせたくない。
これが社会人として当然だからとか、好かれる障害者になったほうがいいとか、社会に出て働かないといけないとか、なんだか時代を逆行しているようなこういった台詞時々聞いたりするのですが、普通の人々のまねをするよりも(それは発達障害児者にとってはとても苦痛なこと)自分らしく堂々と生きてほしい。
人に迷惑をかけないなんて、どんな人間でも無理なこと。誰だって、何かしらの迷惑を他人にかけて生きているのです。
言葉を変えれば、誰だって助け合いながら生きている。
その考えで、生きていけばいい。

こうあらねばならない。
という縛りは、発達障害児者には必要ありません。
支援してくださった人たちに感謝し、(たとえそれが物であっても)丁寧にそれを告げていけばいいことだと思うのです。

息子にはそういう生き方で、二次障害から遠くはなれたところで生きてほしいなと思っています。
まあ、これはわたしが思っていることなので、将来本人がどう思うかは分かりませんが。

ただ、二次障害を起こさないようにするのは親の勤めだとはしっかりと思います。

発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -
発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -


お付き合いくださいましてありがとうございます。
それではまた〜。
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posted by はるぼん at 17:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちびぼん〜高校生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お久しぶりです

ちびぼん君、高校生活を精一杯に満喫してるようで嬉しいです
『やりたい事を一生懸命に頑張る』
これを青春時代に経験できるかできないかで、後の人生が大分ちがいます

そして二次障害のこと
私にも経験があるのでその恐ろしさはわかります
記憶が鮮明に残る脳ゆえに、フラッシュバックに苦しめられますよね
日常の集中力がなくなって、短い文章すら読めなくなってしまう

古い支援者が掲げる
『健常者に好かれる(媚びる)障害者にする』
『無理な事でも逃げずにやらせる』
『健常者に努力して近づける』

こんな馬鹿げた事には全力でNOだと言いたい
恐るべし事に障害者福祉の就労支援部門には
こんな考えの支援者が今だに沢山います

『社会人として』と彼らは事あるごとに言います

でも、足のない人に『早く歩きなさい!』なんて言いませんよね?
顔に大きな傷がある人に『顔をあげなさい!相手の視線を合わせないと失礼です!』
なんて言いませんよね?

目に見えない障害ゆえか、今だに発達障害者にだけ無理強いする傾向が強いように思います
皆で声をあげていきましょうね
言わないと何も変わらないですから
Posted by ももんが at 2015年05月12日 23:47
♪ももんがさん♪

お久しぶりです^^コメントありがとうございます。

高校生活満喫していますよ〜
今の高校を選んで(入れて)良かった〜と心から思っています。

無理をしなくてはならないところがきちんと分かりやすいから。これは大きい。

厳しいけれど、ちゃんと支援してもらえる。
こういうのが大切なのですよね。
決して無理強いではない。

最近時代に逆行した意見がちらほら見受けられるのですが、発達障害児者への支援は必要なものです。

支援を受ける私たちの側が、それにきちんと感謝していけばいいことだと思うのです。
(無理強いの支援は支援とは呼べませんよね)

いつもお返事遅くなってごめんなさい。

Posted by はるぼん at 2015年05月17日 18:16
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