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2015年03月17日

障害児から障害者へ



卒業式での裏話



記事にしようかしまいか、しばらく悩んでおりました。

これは、我が家、わが息子への直接的に起こったことではないのと、たまたま耳に入った極ごく一部の方の何の気ない台詞だったかもしれないので、それを大げさに取り上げるのも何だかなあと思ったからです。

ちびぼんの中学卒業式、たくさんの保護者の方もいらっしゃっていました。
中にはお休みをとられたのでしょうか、ご夫婦そろって出席されている保護者の方々もいらっしゃいました。

その中のあるご夫婦の会話。

息子は特別支援級に席を置いていましたので、卒業式にはその特別支援級のクラス名で証書を受け取ったりします。
支援級は二つあって、知的障害と発達障害、情緒障害のクラスに分けられています。
よくある、「ひまわり組」とか「うさぎ組」などというような小学校や幼稚園のクラスのような名前はついていません。普通に数字のクラスです。

ただ、通常のクラスに比べて当然人数は少ないし、通常のクラスの順とは違った数字になっています。

そこが気になったのか、ご主人のほうが奥様に

「○組と△組(○と△は数字です)って何?」

と聞いたのです。

そしたら奥様のお返事が

「障害者!」

と一言。


わたしはそのご夫婦のひとつ前の席に座っていたので、しっかりハッキリ聞こえました。

まあ、間違ったことをおっしゃっているのではないし、その通りだし。

それでも何か釈然としない感情が胸にこびりついていて、しばらく考えていたのです。


どこが気になったのか?


それは、障害児と障害者の違いについてだと思ったのです。

たしかに奥様の方ははき捨てるような言い方でしたが、そんなことはもう慣れっこですし、それでもこんなにも気になったのは、やっぱり、障害者と言われたことなんだとやっと気がついたのです。

障害児が育ったら障害者になるのは当然の事。
当たり前のこと。

それがもうそこまできていることは、中学生あたりの障害児を子育て中の保護者の方なら理解していただけると思います。
当然心の準備もしていますし、自立と言う意味もかみ締めています。

ですが、中学校の卒業式でもはや障害児でなくて障害者と普通の方々の目にはそう映るんだなあと知って、少々ショックだったのだと思います。


障害児は早い自立を望まれているのか?



一般の方々マジョリティの方々から見たら、身体が大きくなれば、障害児は障害者と呼ぶことに何の疑問もないのかもしれません。

実際古くからの障害児教育だと、義務教育を終えたら、それぞれ出来る範囲の自立を目指して、高等養護学校に進学するか、職業訓練校に入るか、通常の養護学校に入るか。

定型発達の子達の多くが中学を卒業して、高校生活、大学生活や専門学校で学生として過ごす約六年間、場合によってはもっとたくさんの社会に出るまでの時間があります。

が、整えられた道には、障害児たちのそういった社会に出るまでの時間があまりにも少ない。

おのおのが独自で努力しないと、むつかしい道のりではあります。
でも、決して少なくない数の障害児たちはそういった道を進んでいきます。
大学へ進学したり、専門学校へ行ったり。
これは発達障害に限ったことではありませんよね。

でも、たった一組のご夫婦の会話でしたが、障害児は早く大人にならなければいけない。と言う暗黙の圧力があるのかなあ?などと考えてしまいました。


マジョリティの考える障害児とは



世間に迷惑のかからないように、出来る範囲で早く自立し、出来る範囲できちんと働き、障害者と言う肩書きに見合った生活を送ってほしい。

って、これはわたしが勝手に想像したことですが、それほどかけ離れてはいないんじゃないかなあと思います。

ハッキリ書くと、わたしたちと同じ道にはあなたたちはいないのよ。です。

障害児の親御さんも障害児の指導者支援者にもこれと同じ考えの方もいます。

世間様にご迷惑をかけないように、最低限身だしなみをきれいにして、健常者の人が与えてくださったお仕事が出来れば最高の幸せ。


こんな感じでしょうか。

まあこれはわたしがたまたま出合った、たまたまそういう考えの方だったかもしれませんが。

障害児を育てている親としても障害者としても、そんなに世の中にへりくだらなくてもいいんじゃないかと思います。
まるで生きているのが罪みたいじゃありませんか。

ん〜〜。
ちょっと考え方がダークすぎますね。
世の中にはいろいろな方がいらっしゃいますから、もちろん、障害児や障害者に対して自然に接することが出来る方、親として障害児の将来を本人の意思を元にしてちゃんと考えていける方にも出会っています。



障害児から障害者になるのはいつなのか?




ところで、正式には障害児から障害者となるのは何歳なのか?
ちょっと調べてみました。

福祉サービス的には、18歳を基準にしているようです。
例外的に特別児童扶養手当(国の制度)は20歳未満となっています。
障害福祉サービスの利用について/2.障害児を対象にしたサービス(pdfファイルです)
特別児童扶養手当(厚生労働省)
何だか微妙ですね。

中学卒業して〜18歳までの三年間。ちょうど高校三年間。
(誕生日を基準にしているので正確には違いが出ますが)
今まで受けていたサービスも本人主体となります。(もちろん例外はあります)
18歳か〜わかりやすい年齢です。納得もいきます。

と、それはそれとして、見た目の問題。
やはり中学を卒業したくらいから、男子はどんどん大人の体型になって行きますし、女子などはもっと早く大人っぽくなりますね。
発達障害児の場合、年齢のわりに中身が幼いところはありますが、外見は普通に成長していきますからね。
他の見た目でわかる障害の場合、もっともっと世間からの視線に傷つかれていること、多いんじゃないかなあと想像してみました。
高校生でも親父っぽく見える子など、障害あるなしに関らず、普通にいっぱいいますものね。

まあ差別と言うか何と言うか、そういったものはあるのが当たり前の現在の社会ですから、見た目だけで、云々思われるのも悲しいけれどよくあることなんだろうなあと思いました。

ただ、15歳16歳17歳。多感な時期です。
いやな目に会わなければよいなあとも思うし、反面、大人への自覚が否が応でも必要となってくるんだなとも思います。

おれは永遠の中二だ!と、息子はほざいていますが、そういう面も持ちつつ、マナーやルールは大人として対応してほしいと、やっぱり思ってしまいます。


さいごに



現在の社会で生きるにはハンデがある人たちが障害者と呼ばれるわけです。
重い障害を持った方たちや親御さんは、このハンデをしっかりと受け止めていらっしゃる方が多いように思われます。

見た目にはわからない障害、発達障害に関してのみの話なのですが、社会で生きるために社会に合わせることを学ぶ必要はあります。
それは、あくまでもルールでありマナーまでのこと。(会社の規則や一般的な本にも載っているくらいの常識)必要以上の社会適合を求めてしまうのは、本人が望むならともかく、子どもの内にそれを親が望んでしまうのは、一種の障害児虐待になるとわたしはおもいます。
子どもは親の言うことに自然と従うものです。
気がついたときには、重い二次障害にかかっていたと言うようなことのないように、親御さんには充分気をつけていただきたいなあと思います。

治るとか、治すとか、発達障害はそういうものではないことは充分ご存知のはずです。

それでもそういう言葉に藁をもつかむ思いで、依存してしまう気持ちもわからなくもないです。

二次障害ってこわいですよ。
今出来ていたことが出来なくなってしまうのですよ。
なかなか回復しないのですよ。
傷ついてしまった脳は、なかなか元のようには働いてくれないのですよ。

と、少し叫んでみましたが、見た目普通で、IQも普通以上だったり、たとえ低くても境界域までならば、普通になれるような気がするのもわからなくはないですけどね。

子どもの心は本当に壊れやすいですから。




発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -
発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -


不愉快な思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。
あまりうまく表現することが出来ず申し訳ありません。

それでも最後までお付き合いくださってありがとうございました。感謝です。
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この記事へのコメント
いえいえ。本当によく分かります。
しかも「ごもっとも」だと思いました。
(あ、ぽんたのママです。笑)

次は小4に進級する年齢になりましたが、義務教育期間を終えて・・・その後、我が子はどうありたいか。
最近、よくそんなことを考えるようになりました。
先々のことを考えながら暮らしていかなくてはいけない年齢になっているんだって、思うんです。

はるぼんさんみたいに、じっくり我が子と向き合えるかしら。
本音はやっぱり自信なんかちっとも無いんです。
学校では、娘に出来ることが増え始めると、とたんにハードルをあげてきます。
そんなものを見てしまうと「本当に彼女を理解する気があるんだろうか?」と不安になります。。

もうじき4月ですね。
今回は小学校に入学して初めてサポートブックを作ってみようと思ってるんです。
はるぼんさんがお近くなら、出来たものを見て頂いてご教授願いたいくらいです。苦笑
Posted by むーに at 2015年03月17日 22:54
♪むーにさん♪

コメントありがとうございます^^

サポートブックですか…。
実は初めて作ったサポートブックは見事失敗に終わってしまいまして、

そのときの反省として、作るときは、

A42枚程度、文字は大きめ、箇条書きで、ここだけはと言うポイントだけ書く。

と言うことを学びました。

中学でこの形で作ってみたのですが、想像以上の効果がありました。


子どもと向き合うのは、いかに時間を作るかになっちゃうと思うのですよ。
わたしの場合、息子が不登校になってから仕事の量をかなり減らして取り組めたのが良かったと思っています。これは本当に環境と運の問題なので、難しいところですよね。

将来のこと、息子は中学校には言ってから考えるようになったようです。
親としては好きなことを応援するしかないし、その好きが仕事や将来のビジョンに結びつくかといえばそうじゃない場合もあるし、じっと見守るしかないので親としてはしんどいですよね。

ちょっとショックだったことを書いてしまったのですが、こうしてコメントがいただけてとてもうれしいです。ありがとうございます。
Posted by はるぼん at 2015年03月19日 13:33
難しいですよね。
私の8歳離れた兄妹の、特別支援に関わる保護者としては、時代の流れをすごく、感じます。
息子の時は、なるべく、普通に・・
今は、支援が手厚いため、あえて、高等養護、中学から、情緒から、知的にする、親御さんが、普通にいるなという感覚です。
高等養護にすすめば、情緒程度なら、企業の障害枠で
就職ができることが多いみたいで・・・・・
時代も変わり、四月からは、企業の受け入れも、今の5%から、更に多くなると聞いています。

私は、古い考え方かな?
とりあえず、今は、勉強が、
ゆとりとの、大きな違いです。

Posted by まめこ at 2015年03月21日 20:21
♪まめこさん♪

本当に難しい問題ですね。
何がわが子にとって良い道なのか、それを見極めることの難しさを考えてしまいます。

まめこさんがおっしゃるようにここ10年の間に支援の体制も大きく変わりましたね、小学校入学時にはなかった通級がたくさん増えていたことや、特別支援級の数がものすごく増量していたのに驚いた記憶があります。
日々支援の体制は変化していますね。


息子のクラスメイトたちも高等養護に進みました。
やはり就職を考えるとその形がわかりやすいですよね。
ASDの子らは高等養護には入れない子も多いし(最近は又変わってきたのかな?)通常の道も難しい事がほとんど。将来のことを考えると頭が痛いです。

学校の勉強も大きく変化してので確かに大変です。
正直戸惑いが〜〜〜って感じでした。

世の中の変化にも敏感でいたいです。

コメントありがとうございます^^

Posted by はるぼん at 2015年03月24日 12:26
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