自分の今につながる過去と対峙したい。




自分自身の過去を思い出そうとしても、どうしてもこじ開けられない・・・
どうしても開けることができない過去が存在する。

今まで通っていた、心療内科、お茶目先生(精神科医)まる子先生(臨床心理士)にこの話をしても、閉じられている記憶はそのままにしておいたほうがいいと、きつく言われた。
(きつくと感じたのは私であって、そんなにきつく言われたわけではないかもしれない)

実際に、カテゴリーを作ってまで「生育暦」を書こうと決心するまでにはいたったのだか・・・
どうしても書けない。

視覚優先型ではないはずなのに、ある絵が出てくるとそこから先には進めなくなるのである。
単なるビビリなのかも知れない。

それでも、1年と半年近く心療内科に通ったことで少しずつは扉からもれてくるものもあった。

今現在に通じる、リアルな問題としてどうしても避けて通れないものだけは、上手に重要な部分を隠しながら記憶の登ってくる。
なんというか、一番の部分を迂回して、現れた感じ・・・

だから、そんなには苦痛もないし、恐ろしいほどのフラッシュバックを起こすほどでもない。


今思っていることは・・・

やはり頑固な私の性分。
この扉を無理やりにでもこじ開けて、すっきりしたいという欲望というかなんというか・・・
そんな衝動に駆られている。

それをやってしまったら、現実の世界に支障が出るだろうことも、理解している。
ある面自分の強さに自信過剰なところがあるのかもしれない。
(こんなにもチキンなくせに・・・)

子供時代は地獄だったとはいわない。
一般家庭から見たら、天国のような暮らしもあった。
かと思ったら、底辺の暮らしもあった。
わけわからん。

そのときの自分の映像が全部きりがかかっていて、見えないのである。

部分だけははっきり浮かぶ、ただそれだけ・・・


主治医だったお茶目先生に、自分の意思で行ったこと。
3才そこらの子供が自殺行為をするかどうかは???なのだけど、

私は、うつぶせ寝で寝かされることが多く、(あるいは、自分が好きでうつぶせに寝たのかもしれないが・・・)
枕で、窒息するのが好きだった。
脳に酸素がいかなくなって、目の前が真っ暗になりそして、きれいな星がたくさん見えてくる・・・
その美しさといったら・・・・・

ああ、私の生い立ちの記事にこのことを書いていました。

完璧に記憶にあるのは、2歳から3才の頃・・・
一人で昼間寝ていたとき(もしかしたらもう少し小さな頃かもしれませんね)
うつ伏せで寝ていて・・・
息が出来なくなったのです。
すごい苦しいのですが、眼の前に星が散らばり、なんとも気持ちよい感覚が襲ってきました。

あれ?もしかして、私死んじゃうのかな?とはっきりと感じたのを覚えています。

そしたら恐くなって、腕の力を振り絞って・・・体の位置を変えたのを覚えています。

この事はだれも気が付いていません。

実はしばらくな間、これが癖になって・・・
死にたかったとか、辛かったとか・・・では決してないと思いたいのですが、何度も何度も、うつ伏せで眼の前の星を眺め・・・ぎりぎりのところで寝返りをうつ・・・と言う事を続けていました。

ある日、ぎりぎりまで我慢できなくなって、星が見えるようになるまで我慢できずに、寝返りをうってしまうようになりました。
私の意に反して・・・
身体は確実に成長していたようです。

*過去記事「はるぼんの生い立ち。はじめにと0歳から3歳まで」(2009年09月19日)より抜粋



私はあのまま空気がすえなくて死んでしまっても、平気だったかもしれません。。。

お茶目先生にこの話をしました。

この話で、私の発達障害に?が現れました。
生来のものではなくて、虐待が元で(あるいは自分自身でという事故で)脳に傷を残した可能性もある。。。

杉山先生が訴えられている、第四の発達障害・・・虐待児・・・

この図式も、このエピソードだけじゃなくてたくさんありますから。
(重要なことは記憶がよみがえらないし・・・)

過去って何なんでしょうね・・・。

ずっとふたをしてこのまま生きていていいんでしょうか?
一つ一つと対峙して、自分を見つめて生きたい・・・

ものすごく切望しています。


4月になったら、新しい病院に転院です。
どんな先生なのか・・・
どういう方針なのか・・・
わからないことだらけで不安なのですが、

今現在の困りごとの裏側にはこういったかこのことがびっしりとつたのように絡まって体中ががちがちになっているんだと私は思うんです。

だから・・・
過去のことをふたを開けながら、現在の問題にも取り組んで生きたいと、いってみようかな?と思っています。

ちびぼんの成長を見ていると、実に美しく成長していると感じるのです。
地雷は山ほどあるんですが、それをきちんと前向きに処理していってる。

親である私は・・・
地雷を深く埋めたまま・・・いつ爆発するか、恐れながら生きている。

これ、、自分に子に対して嫉妬感もあるかもしれませんね。

100歳まで生きるつもりだから、何とか死ぬまでには、今まで生きてきた地雷とも対峙できると思うんです。

死ぬときは、すっきりして死にたいな・・・
できれば120か140まで生きて、仙人のような暮らしがしたい~~

なんて馬鹿なことを思っていますが、そこそこ本気です。


ただ・・・

ひとつ虐待児でよかったことは。
私が学校で暴れたりするのを避けるため、私学の中学に入れてもらえたことかな?
中学からエスカレーター式・・・
楽でしたね。
好き勝手にできました。
学校の規則さえ守っていれば、大丈夫でしたから・・・
いろんな考えの子供が世の中にはたくさんいるんだと知ったのもこの学校のおかげです。

この部分は親に感謝せねばと思っています。


新しい主治医に期待をしすぎると、ドクターショッピングになりかねませんから、じっくりとじっくりと、話を進めていきたいと思っています。

ここまできたんだからあせってもね。


もう一つ、お茶目先生のお世話になって自覚したことがあります。
それは、安心や信頼をもてない人からの、言葉は私が好ましく思う思わないにかかわらず、全身で拒否反応が出てしまうこと。

これは発達障害児に顕著に現れることだと思いますがいかがでしょう。
大人になってまで、ここまで頑固だと生きづらいですが・・・
子どものうちに、ある程度は慣らしておいたほうがいいような気もします。
難しいですけどね。
自分に関係ないことは、意地を張らない。程度でいいような気もしますが・・・。

そのせいか、私は人に何かを告げるときはその人が求めてこない限り何も言いません。
何かの言葉がその人に大きな負担になることを私は知っているからです。
(こういう思いの方多いんじゃないでしょうか・・・?どうだろう・・・)


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今日のお休み・・・
ちびぼんは、大好きなT君と二人で4年生最後の冒険に出かけました!
二人きりで映画に出かけたのです。
今のところ困った電話はかかってきません。
きっと楽しく見てくることができると思います。

かわいいことに二人で選んだ映画は「ドラえもん」♪

子どもの素敵な時間ゴールデンタイムを思う存分楽しんでほしいと思います。




この記事へのコメント

  • じろう

    私は中学校の夏休みに母親の勤める近所の工場でバイトしていました。
    何でそういうことをしていたのかその理由が今もよくわかりません。
    工賃ももらったのだと思うけど印象があんまりない。

    そのころは生活が苦しい時期ではなかったはずなで今もなぞです。

    思い出したいんだけど私の場合は思い出せないことが増えてきましたね、単に年齢のせいだったりして^^
    2010年03月22日 23:27
  • はるぼん

    ♪じろうさん♪

    じろうさんにも、謎があるんですね^^
    何というか・・・
    わけも分からず何かをやらさせられる。
    謎ですね。謎だ~~~~~~~

    年をとると最近の事を思い出せなくなって昔の事ばかり思い出すようになる・・・というじゃあありませんか、私もそれを期待しておばあちゃんになるまでには、子どもの頃の記憶を何とか・・・と思って入るんですがね~~

    しまっておいた方がいいのも分かるんですけど。。。
    ふうぅ。です^^
    2010年03月24日 16:36

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