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2015年05月17日

二次障害にならないために温室育ちにする必要はないけれど



二次障害を未然に防ぐには親の務め



と、わたしは思うのです。
こんなことを言うのは、息子をそうそうに二次障害にしてしまった過去があるからです。

小学校二年生です。
楽しい盛りの七歳児です。
毎日が輝いている七歳児です。

担任の間違った指導を見逃してしまった。
担任の偏見を感じつつも信じてしまった。
息子の変化を気がつきつつも時間が解決すると思ってしまった。

気がついたときには、もうしっかりと小児うつ。
身体的なストレス症状もそれはそれはひどかった。
抜毛、夜驚症、そして記憶障害。

少し落ち着いた頃うけたWISCで、発達遅延の数値が出たくらい。
(一度受けた脳の傷はなかなか復活しません、6年かけても元の数値には戻っていません)

二次障害は甘く見るものじゃあないのです。

とは言っても、すべてを回避する方法などない。

親ができることは、子どもの変化を見逃さないこと。
そして、子どもだからこそ、義務教育期間だからこそ、学校にはしっかりとした支援をお願いすること。

これがとても大切なことだと思うのです。

そうすればたとえ二次障害になりかけても早目に気がつき、早目の対応が出来ます。
何年も何年も、子どもの苦しむ姿を見なくても済みます。
当然、本人も楽に生き生きと生きられます。


二次障害についての考え方



twitterで二次障害についての考え方がいろいろ語られました。

二次障害は治るものだからなったら考えればよい?
こちらはまとめです。

当事者や専門職の方、親御さん、いろいろな方の意見です。

人間が成長するためには、経験が必要。
わたしもそう思います。

ただ違うのは、発達障害児にはその経験も注意して丁寧に見守りながらしてもらうということ。
(成人したら別です)

二次障害が治るというのが事実かどうかは別として(わたしは40年以上抱えたままです)確かに生まれつきのものではないので、寛解することはあるでしょう。
特に早めに気付いて専門家の力を借りたときには、その苦しみも短くてすむかもしれません。

二次障害を恐れるあまり、温室で育てるようなことまではしなくていいと思ってはいます。

しかし、子どもの内は、本当に丁寧に見守ることはしつこいようですが必須ではないでしょうか。

二次障害を経験した親御さんほど、子どもに関しての二次障害を恐れるのは当然と思います。
だから、どうすれば二次障害を防ぎつつ、その子の成長を促していくか、そのバランスがとても大事ですし、やっぱり丁寧な子育てというのが発達障害児にはぴったりだと思うわけなのです。


発達障害児者にありがちな誤学習



よく成人当事者の誤学習について、問題定義される方もいらっしゃいます。

成人になってから誤学習を正すのはとても時間がかかるので、早めに(子どものうちから)誤学習をさせないように育てていかなければならない。

そのとおりだと思います。

ただ、誤学習について、今、問題になっているのは、発達障害を発見されずに育って、成人してから診断を受けた大人の方がほとんどではないでしょうか。(わたしもそのうちの一人です)

今の子どもたちは早めに専門家の力を借りている子がたくさんいます。
誤学習についても、親御さんが丁寧にその時その時で、きちんと指導していると思います。
我が家では、そうしています。

大げさに話題になる、「支援を受けるのが当たり前」といった誤学習(果たしてそれが誤学習かどうかは置いておきます)等に関しては問題ないように思うのです。
たとえ、支援をお願いするにしても、お願いするからには感謝の気持ちを忘れずに、ちゃんと言葉にして。というマナーのレベルでの学習で充分だと思うからです。

誤学習を恐れるあまり、普通の人々普通の子どもたちが自然と覚えられる、一般社会の細かい常識まで教え込む必要はないと感じています。

それをするには、よほど自分がきちんとしてから、つまりは自己肯定感がしっかりと育って、自分の生きる希望もきちんと芽生えて、自らの気持ちで社会とかかわりを増やして生きたいと感じてからで充分だと思うのです。

でないと、二次障害になるリスクを増やすだけです。
しかも、自分自身に脅迫的な「ふつう」という観念をも間違って育ってしまう恐れもあります。
これは大きくなってから、成人してからひどい二次障害に陥る元になると思うのです。

障害受容にも関ってきますが、自分が普通と呼ばれる人々とは違うことをちゃんと知っていることで、生まれる肯定感からは反対のベクトルにあるのではないでしょうか。

病識がない人。と同義ですね。

ちゃんと障害受容できて、自分の歩く道を想像できて、それから社会についての細かいことを覚えていったほうがうんと覚えるスピードも早くなると思います。
それにリスクもほとんどありません。

子どものうちには、丁寧に、一般社会のルールとマナーについて、その時々にきちんと教えていけば、充分だと思います。
多くを望みすぎるのは欲張りだとわたしは思います。



自己肯定感を育てるには



まとめとして。

二次障害を防ぐにも、誤学習を防ぐにも、自己肯定感が育っていないとお話になりません。

まずはその子その子にあった、自分の良いところを伸ばすこと。

これがとても大切だとわたしは切に思います。

自分の好きなことが増えれば増えるほど、自分の得意なことが上手になればなるほど、自己肯定感は育ちます。

普通の子と同じに出来たって、普通の子はそれを何の苦労もせずに出来てしまうのです。
それを精一杯の努力で追いついたって、自己肯定感があがるとは思えません。

だからその子にあった、その子がもって生まれたものを大切にしてあげたい。

わたしはそう思って息子を育てています。

いい子に育っていると思います。




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最後までお付き合いくださってありがとうございます。
それではまた〜。
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2015年05月10日

睡眠障害と発達障害と社会生活



高校生ちびぼんヘロヘロになりながらも学校に通っています



息子が入学した通信制のサポート校、本格的に授業開始がゴールデンウィーク開けでした。
それまではゆっくりと、長い春休みという感じだったので、親子とものんびり過ごしておりました。

その間、学校との面談を二回ほど済ませ、(小学校中学校でもう慣れたもので、手順もバッチリ)息子の障害特性など、しっかりと知っていただき、お願いすべきことはお願いし(高校生にもなるとさすがにほとんどないのですが…)本格的な授業開始を待つばかりの状態にしてありました。

ゴールデンウィーク中は、小学校中学校と同じだった地元の友人としっかり遊び、(家でゲームしたり、ちょっと街中まで二人で出かけたり)なかなかと高校生らしい感じでよい休日だったんじゃないかと思います。

中学を離れたら、もうなかなかと会ったりはしないんじゃないかと思っていたのですが、息子と息子の友人の関係はそう簡単に途絶えるものじゃなかったようです。
それに、今時はスマホで連絡取り合ってて、親の管理下から少しはなれたところでの交流。いい感じです。
思春期の荒れ具合がちょっと落ち着いたかな?という雰囲気。


睡眠障害と発達障害と社会生活



入学式などを含めて、まだ両手にも満たない登校日なのですが、かなりがんばって登校しております。
今のところパーフェクトです。
小学校中学校と、何とか登校できても遅刻と早退が当たり前のように付きまとっていましたが、それもありません。
根性で朝目覚め、根性で授業を受け、根性で放課後までやり終えて、約一時間かけて帰宅しています。

ほんとにものすごいがんばりだと親なのにビックリするくらい!

これは、通っている学校の授業が、息子の好きなことだから。
自分で悩み、選び、そして合格した学校だから。
このことはとても大きいと思います。

非器質性過眠症というナルコレプシーに近い睡眠障害をもつ息子。
睡眠科の主治医の指導元、日中の眠気と必死で戦っています。

主治医にも息子自身が選んだ好きなことが学べる学校ということで、それは睡眠障害にもとてもプラスになると言っていただきました。
やはり、覚醒には本人の意思が一番の要だとか。
自分の好きなことだから根性で起きられる。そういうことだそうです。

夕方4時過ぎには帰宅するのですが、もうフラフラで、いつもそのままベッドに倒れこんでしまいます。
気を許すと、そのまま朝まで寝てしまいます。

翌日のことを考えて、何とか一時間弱で起きてもらい、夕食やお風呂などを何とか済ませて後は自由にしています。時として目が冴えてしまい12時過ぎることもありますが、大体は11時前には眠りにつきます。
このあたり、高校生としては学校から帰ってきてからの自由時間があまりにも少なすぎて、少々悲しくなりますが、これとも上手に付き合っていかないとダメなのですよね。

発達障害もそうですが、社会生活の中で障害特性と上手に付き合っていくには、個人の努力と、意欲と、そして、色々な形での支援が必要です。
それは医療だったり教育だったり、家庭内のことだったり。
いろいろな方の力を借りて初めて、社会生活が営むことが出来るんだと思います。

これは、睡眠科の主治医の影響もあるのですが、社会に合わせるための工夫をしていかなければならない。ということ。
息子の場合、睡眠に関しては、「モディオダール」というお薬が大きな助けとなっています。
学校にも、発達障害の特性と共に睡眠障害についてご理解いただいています。

これは学生だから、お願いできることなのかもしれません。
本格的に社会に出たときには、どこまで自分の工夫で乗り切れるか、どこまで支援を頼めるか、あるいは福祉のお世話になるのか。
後数年で色々考えなければならないところまできてしまいました。


好きこそものの上手なれ



この言葉(ことわざ?)発達障害児にぴったり合っているなあといつも思うのです。
なかなか自分の好きなことが見つからない分からないという方もいらっしゃると思いますが、ちょっとでもいい感じ。と、思えることならば、多分それが好きなことなんだとわたしは思います。

やってみて苦じゃないこと。
やってみて楽しいこと。
やってみて達成感のあるもの。

これを見つけるのがまずはじめ。
次にはそれを自分の言葉なり他の形なりで表現できること。
それをやりたいという意思表示が出来ること。
そしてそのための計画を練ること。

目標が形作られると、発達障害者は、やる気が起こってきます。
いわゆる先の見通しが立つ上に、自分の好ましいと思うことだから。



わたしは二次障害がとても怖い



息子は小学校低学年の頃に早くも二次障害になってしまいました。
これは悔やんでも悔やみきれません。もっとしっかりと見守っていればと何度も何度も後悔の渦に飲み込まれてしまいました。

ASD、発達障害にとっての二次障害はリスクがとても高い。
己が持っている能力が出せなくなってしまうばかりか、生きている意味事態をもなくしてしまう。

それはとてもとても怖いことです。

だから、わたしは、発達障害を持つ子ども(大人でも)には、いやなことで無理をさせたくない。
これが社会人として当然だからとか、好かれる障害者になったほうがいいとか、社会に出て働かないといけないとか、なんだか時代を逆行しているようなこういった台詞時々聞いたりするのですが、普通の人々のまねをするよりも(それは発達障害児者にとってはとても苦痛なこと)自分らしく堂々と生きてほしい。
人に迷惑をかけないなんて、どんな人間でも無理なこと。誰だって、何かしらの迷惑を他人にかけて生きているのです。
言葉を変えれば、誰だって助け合いながら生きている。
その考えで、生きていけばいい。

こうあらねばならない。
という縛りは、発達障害児者には必要ありません。
支援してくださった人たちに感謝し、(たとえそれが物であっても)丁寧にそれを告げていけばいいことだと思うのです。

息子にはそういう生き方で、二次障害から遠くはなれたところで生きてほしいなと思っています。
まあ、これはわたしが思っていることなので、将来本人がどう思うかは分かりませんが。

ただ、二次障害を起こさないようにするのは親の勤めだとはしっかりと思います。

発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -
発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ -


お付き合いくださいましてありがとうございます。
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posted by はるぼん at 17:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | ちびぼん〜高校生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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